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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:Over the Rainbow(都立東久留米総合高・加藤悠監督)

9/4(火) 20:37配信

ゲキサカ

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 想像していたようには行かなかった。今でも不安がないとは言い切れない。でも、少しずつではあるが、確かに見えてきたものもある。「やっぱりもう本当に大変で、『ちょっとツラいな』と思った時期も長くありましたけど、このテクニカルエリアに立てるのは凄く幸せだなって思います」。 加藤悠。都立東久留米総合高校を率いるピッカピカの新人監督。ただ、“監督”という領域に足を踏み入れてしまった彼はきっと、その抗えない魅力にもう気付き始めている。

 2年前。加藤は母校の都立久留米高校を前身とする、都立東久留米総合高校に赴任する。同校サッカー部を指導していたのは齊藤登監督。都内でも屈指の理論派として知られ、チームを3度の選手権全国出場に導いている名将だが、既にこの時には2017年度での勇退を決めていた。

 齊藤の指導を仰いだ高校時代を「私は試合に絡む選手ではなかったので」と振り返る加藤は、まだ学生だった2007年から3年間に渡って東久留米総合のコーチを務め、その後は他校で教員としての道を歩み出したが、齊藤の頭の中には後継についてのハッキリとしたイメージがあったようだ。自らの元へ帰ってきた加藤に、2年後には監督業を託す旨を伝える。

 その上、こうも言っていた。「1年生はオマエが上げたくないならAチームには上げなくていい。好きにやれ。2年後はオマエがやるんだから」。そこからは加藤が齊藤の“帝王学”を吸収する日々がスタートする。タイムリミットは2年。「横に置いてもらって、本当に付きっきりで練習も見させてもらって、いろいろなことを教えてもらった」加藤も、知れば知るほど師の偉大さを痛感するが、時間は待ってくれない。2017年度の選手権予選は準々決勝でPK戦の末に敗退すると、予定通りに齊藤は監督の座を退き、加藤が新指揮官に就任。サッカー部としても新たな歴史の扉が開かれることとなった。

 新3年生は担任も持ってきた学年。大半がこの2年間を、ピッチ内外で共に過ごしてきた選手たちだった。自然と双肩に力も入る。「正直なことを言うと、選手たちと『やってやろう』と。『齊藤先生がいなくなって、絶対東久留米総合は弱くなるって思われているんだから、絶対見返してやろうな』と言って入ったシーズンでした」と加藤。新年度を間近に控える3月21日。迎えたT1(東京都1部)リーグの開幕戦では、強豪の國學院久我山高に2-1で勝利を収め、願ってもないスタートを切る。順風満帆。すべてがうまく行くはずだった。この頃までは。

 歓喜の初勝利から4日後。リーグ戦で実践学園高に敗れると、続く国士舘高戦も0-1で競り負けたあたりから、少しずつ雲行きが怪しくなってくる。関東大会予選は2回戦で帝京高に1-5で大敗し、さらに2つの黒星を重ねたリーグ戦はまさかの4連敗。焦る気持ちばかりが募っていく。

「本当にまだ手探りの状態で、いきなり久我山に勝って結果が出てしまって、そこからすぐに連敗が続いた時に、中身を評価してあげれば良かったのに、僕が結果で評価してしまって、『何か変えなきゃいけない、何か変えなきゃいけない』と思ってしまったんです」。加藤の“揺らぎ”はチームに伝播する。「監督に就いたばかりだったので、僕たちもどうすればいいかという不安もあったし、加藤先生もそれはあったと思います」とはキャプテンの高橋幹基。選手内からもその都度で行われる方針転換に疑問の声が上がる。

「僕としてはサブの選手のモチベーションを上げるために、こういう選手を出してみようと思っても、出た選手が『何で今日オレが使われたんだろう?』くらいの、それぐらいブレてしまった時期でしたね」と苦笑しながら当時を振り返る加藤。あるマネージャーは敏感にチームの雰囲気を感じ取っていた。「マネージャーから見ていると、選手と監督の壁があるなって。齊藤先生に教わっていた人たちは、齊藤先生の話は聞いている感じはしたけど、“悠先生”には言い返すような態度を取っているのを見て、『ぶつかっているな』とは思っていました」。そんな中で突入した総体予選で“事件”は起こる。

 二次トーナメント進出の懸かった初戦の都立高島高戦。加藤はチームを鼓舞するためにモチベーションビデオを用意してきていたが、主力の一部がミーティングの時間ギリギリに登場したため、結局その映像が流れることはなかった。先ほどとは別のマネージャーがこう明かす。「悠先生は怒っているのもあったんですけど、凄く悲しんでいて、教官室っていう先生たちがいる部屋で、ずっと下向いてて、泣いてるんじゃないかって思うくらいで」。その試合は何とか3-2で勝ち切ったものの、二次トーナメント初戦では1-4であっさり敗退。チームは、そして加藤は、先の見えない霧の中へ迷い込んでいた。

 キッカケはあるアンケートだった。総体予選後。「面と向かっては言いづらいだろう」と、選手たちに思っていることを紙に書いて提出してもらう。「そうしたら、まあ、本当に腹立つことばっかり書いてきて(笑)」と思い出す加藤。とはいえ、そこには切実な彼らの想いも綴られていた。「『このままで終わりたくない』だったり、『1、2年の頃はアレだけインテンシティを売りにしてやっていたのに、何で急にやり方が変わったんですか?』とか、本当に正直な気持ちを書いてくれたんです」。選手たちだって負けたくない。けれども、今のままでは勝てないかもしれない。ギリギリで発信された選手からの“SOS”は、新米監督の心に響く。

 6月27日。5連敗中だったリーグ戦が再開する。相手はFC東京U-18(B)。タレント揃いの相手に対し、「『もう自分たちが勝つために必要なことをやろう』と、コンセプトをもう一度整理して」(加藤)臨んだ90分間でチームは躍動する。終わってみれば3-1の快勝で、連敗ストップに成功。そして、選手たちもあることに気付いたという。「『味方のプレーのミスにフラストレーションが溜まって、それでどんどんチームの雰囲気が悪くなっている』と加藤先生に言われて、そういう部分を出さないようにして戦ったら勝てたので、『やっぱりそういうことだったんだな』と話していました」と高橋。少しずつではあるが、指揮官と選手の信頼関係に修復の兆しが見えてくる。

 リーグ戦の折り返しとなる第9節では成立学園高に2-4で敗れたが、「チームがへこみ過ぎなかった」ように加藤の目には映っていた。「『目の前の結果に一喜一憂しないようにしよう』と。FC東京に勝った時も『これで喜んでいたらあの時の久我山戦と一緒だよな』と。今までは1つの負けで選手も僕も物凄く沈んでしまって。だけど、やっている中身を整理して、できた所とできなかった所をまたトレーニングして、というサイクルで、本当に目の前の試合を大切にして、また反省を次に生かして、という形で今はできているんじゃないでしょうか」。

 取材当日のリーグ戦は国士舘とスコアレスドローだったものの、加藤の言葉に淀みはない。「今日の引き分けも、勝てなかったという評価も、負けなかったという評価もあると思います。だけど中身で見たら、今日は特に攻撃は改善しないといけないので、またそこをトレーニングでやっていけばいいかなと思っています」。高橋もチームと加藤の変化を実感している。「前期の加藤先生は大変そうだなと思いました。でも、後期はしっかり引っ張ってくれているので、安心して試合に臨めていると思います」。決して劇的に何かが変わった訳ではない。徐々に徐々に。一歩ずつ一歩ずつ。チームは“チームらしく”なってきているようだ。

 選手との距離感はもともと遠くない。「加藤先生が監督になっても、僕たちの接し方はあまり変わっていないと思います。言いたいことを選手が監督に言えるのは良い関係かなと。加藤先生からも言いますし、自分の意見も伝えているので」と高橋が話せば、前述のマネージャーはより具体的な“加藤監督像”を教えてくれる。「試合中も勝っている時とか、みんなの調子が良い時はずっと喋っていて、『俺がキャプテンやる』とか急に言い出して、メッチャ指示出し始めたりしてるのを見て『盛り上がってるな』って(笑) 年齢が近いのもありますけど、高校生の男子みたいな、同級生みたいな感じです」。笑いながら、言葉はこう続いた。「でも、最初に比べれば全然監督っぽくなってきていると思います」。

 “監督”という立場には中毒性があると聞く。辛くて、大変で、その苦労が報われることも決して多くはない。それでも“監督”を一度でも経験した者は、何度でもその苦境に身を投じたくなるそうだ。加藤にも“監督”という立場について問うと、ゆっくりと自身の想いを整理しながら、こう答えてくれた。「苦しい中でも勝った試合は本当に嬉しいですし、もう選手が笑顔でいるのを見た時に、『やっぱりこういうことなんだな』と。物凄く大変ですし、学校の教員なのでサッカーだけやっている訳には行かなくて、忙しかったりもしますし、今日も0-0というスコアで、最後にアディショナルタイムで点を取られたら地獄だし、点を取ったらまた『たまんねえな』という感じになると思うんですけど、サッカーの競技者としてトップレベルでやっていた人が、Jリーグの監督をやられて感じるものを、我々学校の教員が、こうやって選手がいてくれて、部活動を一生懸命やってくれているおかげで感じられているので、やっぱりもう本当に大変で、『ちょっとツラいな』と思った時期も長くありましたけど、このテクニカルエリアに立てるのは凄く幸せだなって思います」。

 想像していたようには行かなかった。今でも不安がないとは言い切れない。でも、少しずつではあるが、確かに見えてきたものもある。苦しんで、もがいて。ヘコんで、悩んで。決してカッコ良くはないかもしれないが、それもまたきっと明日の自分を形作るための糧になる。加藤悠。都立東久留米総合高校を率いるピッカピカの新人監督。ただ、“監督”という領域に足を踏み入れてしまった彼はきっと、その抗えない魅力にもう気付き始めている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

最終更新:9/4(火) 20:37
ゲキサカ

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