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関空3000人救出の裏側 高速船3隻ピストン輸送

9/9(日) 13:00配信

日刊スポーツ

関西空港に取り残された利用客を全員救出する-。台風21号の影響で関西空港と対岸を結ぶ連絡橋にタンカーが衝突した損傷で、関西空港は孤立状態になりました。多くの利用客が空港で一夜を過ごしました。当初はその数、約3000人。5日早朝から始まった救出劇の裏側には、高速船スタッフの強い思いがありました。

【写真】関西空港連絡橋に衝突したタンカー宝運丸

5日午前5時30分、神戸空港から高速船「神戸-関空ベイ・シャトル」の3隻が次々に関空に向けて出港しました。「そら」「うみ」「かぜ」の3隻です。通常の場合、「そら」「うみ」だけが運航、「かぜ」は2隻にトラブルが発生したときの予備船です。5日は「かぜ」も救助船の隊列に加わりました。

運営する「OMこうべ」の海上アクセス事業部長、吉見広幸さん(58)によると、強い台風21号が四国と近畿を縦断後の4日夜からスタッフが集まり、5日朝からの通常運航に向けて、船舶の整備を始めた直後、神戸市などから「救助要請」がありました。

当初の情報では取り残されたのは約3000人。連絡橋が通行できるメドはなく、臨時バスでの救出ができるかどうかも不明でした。吉見さんらは「いまある3隻をフル回転させて、1日で全員の方を救出しよう」と、綿密に運航計画を練りました。

「そら」と「うみ」の定員は110人、「かぜ」は115人。1便で約100人を輸送する計算で、計36便で最大3600人の輸送を計画しました。関空-神戸空港間は24キロ、約30分。スムーズにピストン輸送できるように3隻を「1団」とし、1隻が出航後、15分間隔で出発するようにしました。乗船する人の待ち時間をできるだけ少なくするためです。

OMこうべのスタッフ7人、運航を受託する加藤汽船の船長らを含めた18人のフルメンバーが救出劇に携わりました。関空は台風21号の影響による高潮で4日に滑走路やターミナルビルが浸水、全面閉鎖となり一部が停電しました。電灯が消え、エアコンが切れた建物内は蒸し暑く、一夜を過ごすには過酷な状況でした。利用客の疲れが想像できるだけに、スタッフには強い気持ちがありました。

「みなさんがこちらに来ることができるまで、関空に行き続けよう!」

午前8時すぎからは緊急車両として連絡橋を通行する臨時バスの輸送も開始。臨時バスは関空第1ターミナルから南海電鉄泉佐野駅を結び、利用客を輸送しました。陸路と航路による前代未聞の救出劇。当初は順調に進みましたが、想定外の事態も発生しました。

関空から高速船に乗船するには関空第1ターミナルからポートターミナルまでバスを利用しなければいけません。通常なら5分もかからない道程ですが、関空内で大渋滞が発生。トラックや一般車両も道路にあふれました。「そら」「うみ」「かぜ」の15分間隔も次第に乱れました。関空にいる同社のスタッフからはポートターミナルへ向かうバスを待つ大行列ができ、バスで2時間、船に乗るには4時間以上もかかっているとの連絡も入りました。

当初は取り残された利用客は約3000人との情報でしたが、高速船と臨時バスでピストン輸送しても、なぜか、行列が長くなるばかりでした。

運航計画の最終便は関空発が6日午前0時5分発、神戸空港には午前0時35分着でした。約3000人なら、最終便の数便前までには輸送が完了し、神戸空港からポートライナーで三宮まではたどりつけるはずでした。ところが、取り残された利用客は3000人ではありませんでした。

午後9時すぎ、吉見さんらは翌6日へ輸送も検討しました。ただ関空にいるスタッフからは「とにかく関空から出たい」と多くの人の切実な声が届けられていました。

「行き続けよう!」。

神戸空港とはポートライナーの運行終了後、利用客がビル内で朝まで過ごせるようにと神戸空港側と交渉もしました。

関空発の“最終便”は6日午前0時23分。この34便目の救助船には取り残された利用客は乗船していなかったそうです。その前の33便に乗り損ねた人がいることも想定して、行き続けた“最終便”でした。計33便で救助した人の数は3066人。

関西エアポートなどによると、5日深夜までに、高速船と臨時バスなどで島外へ脱出したのは約7800人。当初の倍以上の数でした。

最終便で神戸空港にたどりついたタイ旅行に行く予定だった神戸市の男子大学生(19)は「とにかく関空から出たかった」。疲れ切った表情に安堵(あんど)が広がりました。

【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)

最終更新:9/9(日) 22:44
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