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石原裕次郎のキャンピングカーが見えると現場が一変!長谷直美が語る『太陽にほえろ!』秘話

9/11(火) 17:00配信

テレ朝POST

青春ドラマ『俺たちの朝』のカーコ、刑事ドラマ『太陽にほえろ!』のマミー刑事などで活躍した長谷直美さん。明るく快活なキャラクターでベテラン俳優たちの懐にもすぐに飛び込み、可愛がられた。持っている大物俳優たちのマル秘エピソードの数はハンパない。

東京・築地の事務所で会ったとたん、「ねぇ、ねぇ、これ見てくださいよ~」と1枚の写真を取り出した。事前に「“人生を変えた一枚”みたいな写真があるとうれしい」と伝えていたことから、用意してくれていたものらしい。写っているのは石原裕次郎さんと地井武男さん、それに長谷さん本人。写真には「86 2 8」の日付が入っている。

「裕次郎さんがお亡くなりになったのは87年7月ですから、それより1年ちょっと前の写真ですね。場所は裕次郎さんのハワイの別荘。裕次郎さんがハワイで療養することが多くなったので、『太陽にほえろ!』も一度、ハワイで撮ったことがあるんです。

この写真はそのロケが終わって、みんなで裕次郎さんの別荘で打ち上げをやったときのものですね。裕次郎さん、まだお元気そうでした」

◆立て替えをなかなか思い出してくれなかった裕次郎さん

ただ記念写真を撮っただけではない。長谷さんは裕次郎さんらしいこんなエピソードも覚えていた。

「打ち上げと言えば当然お酒。裕次郎さんも交えて酒屋に買い出しに行ったときのことです。裕次郎さんが店員さんに向かって“シャンパン、何本あるんだ?全部くれ”と一言。

普段はお付きの人が支払いを済ませているので、裕次郎さんは財布を持ち歩きません。ところが、この日はお付きの人が居なかった。すると裕次郎さん、隣りにいた神田正輝さんに向かって“マサキ、お前払っとけ”と。

もちろん神田さんはすばやく支払いましたが、裕次郎さんはこのときの立て替えをいつまで経っても思い出してくれない。当時、神田さんは会うたびに“まだ思い出してくれないんだよ~”“まだなんだよ~”とボヤいてました(笑)」

※長谷直美プロフィル
1956年5月15日、東京出身。17歳のときにミス・エールフランスコンテストで入賞し芸能界入り。1974年、『私は天使じゃない』でレコードデビュー。76年、TVドラマ『俺たちの朝』のヒロイン・カーコ役で女優として脚光を浴びる。

その後、マミー刑事として人気を博した『太陽にほえろ!』など、様々な作品に出演。94年、結婚後はフランスに移住。10年に離婚し、11年より演劇の勉強のため、ロンドンの演劇学校に入校。12年5月、卒業後、演劇の国家資格を優秀な成績で取得し、同年10月、日本に帰国した。

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最終更新:9/11(火) 17:00
テレ朝POST