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まちがいだらけの薬物依存症 乱用防止教育が生み出す偏見

9/12(水) 11:01配信

BuzzFeed Japan

今年の8月21日、第100回記念の甲子園決勝戦で、VIP席に元プロ野球選手の清原和博さんが顔を見せたことが、メディアでちょっとした話題になりました。

私もインターネットでその記事に掲載された、試合を観戦する彼の写真を見て、「ああ、いい笑顔だ」と感じたのを記憶しています。一般の人たちの反応もおおむね好意的で、彼の復活を応援する声が多数寄せられていました。

しかし残念ながら、辛辣な意見もありました。「Tシャツ姿なんてだらしない服装で登場するなんて、とても反省している風には見えない」とか、「犯罪者のくせに未成年者の前に現われるな」などといった批判です。

率直にいって、これらの批判は議論するまでもなく、理不尽なものです。夏の炎天下での野球観戦にダークスーツ姿で行くのは場違いなだけでなく、健康上にも好ましくありません。

また、執行猶予中の者が未成年者の前に現われてはいけない、などという規則や法律は聞いたことがありません。

そもそも、組織的な密売ならばさておき、法律で規制されている薬物の自己使用や、自分が使うぶんの少量の薬物所持がそれほど凶悪な犯罪なのでしょうか。

決して違法薬物の使用を肯定するつもりはありませんが、他者の権利や財産の深刻な侵害という点では、少なくとも飲酒運転によるひき逃げ事故や、自身の権威や立場を利用したパワハラよりもまだ罪が軽いように思います。

それにもかかわらず、なぜわが国の人々は、違法薬物に手を出した人にここまで反省や自粛を求めるのでしょうか?
【寄稿:松本俊彦・国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長】

わが国における誤解と偏見

今年の初夏、私は、近畿地方のあるダルク(薬物依存症からの回復のための民間リハビリ施設)が開催するフォーラムに講師として招かれました。

少し前から私は、そのダルクが施設移転をめぐって地域住民とトラブルになっているという噂を耳にしていたこともあり、「講演を通じて住民の薬物依存症者に対する偏見を緩和し、トラブルの解消に一役買わねば」などと勝手に気負っていました。

しかし残念ながら、事態はそれほどたやすいものではありませんでした。というのも、フォーラムに集まってくれた人たちは、日頃からそのダルクの活動を応援してくれている人ばかりで、施設反対派の住民は誰一人いなかったからです。

これでは何を話したって伝わりっこない――壇上から見知った顔の多い客席を眺めながら、私はひそかに落胆していました。

ともあれ、フォーラム終了後、ダルク職員の好意に甘えて、車で新幹線に乗り込む駅まで送ってもらうことにしました。その道すがら、偶然にも、あの設置反対運動の舞台となっている地域を通りがかったわけです。

その一帯の異様な光景を、私は生涯忘れないでしょう。ダルクの施設がある通り沿いの家という家に、「覚せい剤 薬物依存症 リハビリ施設(ダルク) 建設断固反対」という貼り紙がされていたからです。

なかには、呪いの護符のように壁一面に何枚も貼り紙をしている家もありました。そのありさま、瀟洒な京町家の景観を深刻に損ない、家々の印象を妖気漂う幽霊屋敷のように見せていました。

私は言葉を失い、そして同時に、この街並みを通り抜けてダルクに日参する利用者の心情を想像して、胸がひどく痛みました。もしも自分の身内や知人のなかには薬物依存症者がいて、その苦悩をリアルに知っている人ならば、こんなことは到底できないはずです。

「ああ、この街の人々にとって薬物問題は他人事、別世界のことなのだ」と直感しました。

実は、こういった住民反対運動は、何もその街に限った話ではありません。同様のトラブルは、新たにダルクの施設ができるたびに国内各地でくりかえし起こってきたことです。

「私たちの街には、薬物依存症のリハビリ施設を必要とする人など一人もいない。むしろそんな施設があると、よそから危険な人たちが集まってきて、生活の安全を脅かされる。だから、やめてくれ」

おそらく反対する人の主張はそういったものなのでしょう。

「私たちは関係ない」――これが平均的な日本人の感覚なのです。

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最終更新:9/12(水) 11:01
BuzzFeed Japan

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