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【木内前日銀政策委員の経済コラム(24)】スマホ決済  銀行はネット企業に勝てない

9/12(水) 14:35配信

ニュースソクラ

決済手数料無料化が業界標準に

 無料対話アプリを運営するLINEが、スマホ(スマートフォン)を使った決済サービスLINEペイの利用を、一気に拡大させる戦略に打って出た。

 日本でのLINE利用者は現在7,500万人と、人口全体の実に6割近くに達している。銀行最大手の三菱UFJ銀行でも、預金口座数は4,000万程度だ。LINE利用者が一気にLINEペイの利用を拡大させれば、その影響力は絶大だ。

 LINEが、LINEペイの利用を拡大させるためにこの8月から始めたのが、手数料無料化戦略だ。LINEはスマホにインストールするだけで決済端末となる専用アプリを店舗に無料配信しているが、これを使って決済した場合には、店舗側の手数料が3年間無料になる。

 販売額に応じて課される決済手数料は日本では現在3~4%が主流だ。米国では2.5%、中国では0.5~0.6%がスタンダードとされている。LINEの場合、とりあえずは3年間という限定ではあるが、無料というのはかなり衝撃的だ。

 ヤフーも10月から手数料を無料にする予定で、アマゾンジャパンも8月29日に、スマホを使った実店舗での決済サービスを開始した。今後は手数料無料化がスマホ決済の業界標準(スタンダード)となっていく可能性もある。

 LINEやそのライバル会社らが決済サービスを無料で提供しても、ビジネスとして成り立つのは、もともと決済サービスで儲けるというビジネスモデルではないからだ。この点が、手数料収入で成り立っている銀行の伝統的な決済サービスとは根本的に異なる。

手数料無料でも儲かるからくり

 LINEペイの場合には、無料アプリを使って顧客の決済を行うと、店舗の公式アカウントがその顧客とLINE上で「友だち」になれるという特徴がある。店舗側はその後、キャンペーンやクーポン発行などのメッセージを顧客に届けられるようになるが、その際に広告収入がLINEに入る仕組みだ。

 このように、決済サービスを無料で提供しても、その利用が拡大していけばLINEは儲けることができる。

 また中国のアリババグループ傘下のアリペイも、決済サービスをほぼ無料で利用者に提供しているが、そこから得られる取引履歴、つまり誰がいつどこで何を買ったか、などといった情報を蓄積し、それを自社のネットショッピングでのターゲット広告等に利用、または他社に販売することで稼ぐというビジネスモデルだ。

 決済サービスは本業ではなくそこで儲ける必要がないため、無料で提供できるのである。

 ところが銀行にとって決済サービスはまさに本業中の本業、業務の中核であり、今まで手数料収入でそれを成り立たせてきた。銀行がスマホ決済サービスに本格的に乗り出せば、顧客の取引履歴を入手できるが、ネット企業のようにそれを本業に活用することはほとんどできない。

 またそれを外部に販売して儲けるというビジネスについても全く不慣れだ。従って、銀行が手数料収入にこだわれば、スマホ決済サービスの分野で競争していくのはかなり難しい。またスマホ決済の手数料無料化が業界標準となってしまえば、銀行は新たにこの分野に参入することを見直さざるをえなくなるかもしれない。

 ネット企業などによるスマホ決済が広がると、銀行預金による決済が減り、銀行にとっては、大きな収益減となる。それを食い止めようとして、銀行も自らスマホ決済サービスに乗り出そうとしているが、それも、自らの既存の決済手数料収入を減らしてしまうことには変わりはない。

 スマホ決済の普及で銀行の収益がどのくらい失われるかを大胆に試算してみよう。たとえば、三菱東京UFJ銀行(当時、現三菱UFJ銀行)の2017年3月期の有価証券報告書を基に試算すると、年間779億円の利益が失われる計算となる。

 報告書にある決済関連手数料は1558億円。決済関連の減価償却費は約376億円と計算できるので、決済関連の収支、つまり手数料収入は1182億円ほどと予想できる。決済のうち、これまでATMなどを利用していた送金の半分が、スマホ決済に代替されると仮定すると、手数料収入は779億円に半減してしまう。

 一方、利用が減っても減価償却費は減少しない。そこで収支は現在の3分の1の403億円となり、779億円の減少となる。この減少分は三菱UFJ銀行の2017年3月期の純利益4815億円の実に16・2%に当たる。

 このようにスマホ決済が広がっていけば、それは銀行の中核業務である決済サービスから得られる収入を大幅に減少させ、銀行業界の一段の再編のきっかけとなる可能性もあるのではないか。

 銀行にとっては、スマホ決済サービスに乗り出すことは、自らの収益基盤を切り崩すことにもなるという、大きな自己矛盾を抱えている。それゆえに、この分野に一気にリソースを全力投入していくのは難しいのではないか。ネット企業とスマホ決済分野で勝負しても、銀行が劣勢であるのは明らかだ。

■木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。

最終更新:9/12(水) 14:35
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