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9・11から17年=あの日を境に世界は変わった...

9/12(水) 12:23配信

FNN PRIME

今年もあの日がやってきた。

グラウンド・ゼロの追悼式典では犠牲者の名前が遺族代表よって読み上げられた。日本人犠牲者の名前もあった。
黙とうは全米各地で捧げられた。

(画像)ワールドトレードセンターが崩れ落ちる瞬間

4機目が墜落したペンシルバニアの碑の前ではトランプ大統領がスピーチをし、犠牲者と遺族に哀悼の意を表すとともに「アメリカを守る」(keep America safe)と大統領としての決意を強調した。あのトランプ氏もこの日ばかりは政敵攻撃や自慢話を封印、まさに大統領にふさわしいスピーチをした。

ニューヨークとワシントンを襲った同時多発テロが起きた日、2001年9月11日の筆者の記憶を思い起こしてみる。

あの日、アメリカ全土が異様なムードに覆われた

あの日、筆者は駐在特派員としてワシントンにいた。

朝9時前、正確な時刻は覚えていないが、いつものように自宅テレビをつけっぱなしにしてCNNをモニターしながら支度していると、ニューヨークのワールド・トレード・センターに飛行機が突っ込んだという一報が流れた。その時は単なる事故かそうでないのか不明で、飛行機の種類も明確ではなかった。

その数週間前だったと曖昧に記憶しているが、フロリダのビルに一人乗りの小型機が突っ込むという事案があったこともあって、第一報の時点では、これがテロだと即断される気配はなかった。

間もなく、2機目が突っ込んだ。これで重大テロ事件だと多くの人が瞬間的に悟った。筆者も、直ちに家を出て、タクシーを捕まえれば5分程で着く支局に向かった。

支局に着くと、すでにアメリカ全土が異様なムードに覆われていた。

日本では滅多なことでは報道特別番組が入らないゴールデン・タイムになっていたが、緊急特番の準備が始まっていた。実際にはもう始まっていたかもしれないのだが、正確な記憶は無い。

ワシントンがパニック状態に

すると今度はワシントン郊外のアメリカの国防総省ビルに一機突っ込んだ。9時38分頃だった。
ワシントン中にとてつもない轟音が響いたと聞いているが、筆者はすでに支局の中で特番対応に追われていたため、音は耳に入らなかった。代わりに一斉に流れた緊急情報で事件を知った。以降、延々と続いた日本での特別番組に支局から生中継でレポートを送り続けた。

ワシントンはパニック状態になった。

多くの幹線道路が封鎖され、政府ビルから人々が避難し、流言飛語が飛び交った。

曰く”大統領別邸のあるキャンプ・デーヴィッドに飛行機が突っ込み白煙が上がっている”曰く”連邦議事堂近くで男が刀を振り回している”等々の情報が日本でも伝えられた。が、いずれもガセであった。

朝の交通が麻痺した為、ワシントンに数多駐在していた記者達の多くが支局に辿り着けず、カーラジオで流れた流言飛語をそのまま携帯電話で本社に伝えたのが一因であろうと思われる。当時、スマホやSNSは存在していなかった。国中が大混乱する中で飛び交う玉石混交の情報を、通勤途上の車内に事実上閉じ込められた状態で整理するのは困難であったのだろうと想像する。回り回って東京本社から寄せられるこうしたガセ情報を撥ねつけるのに我々支局は非常に苦労したのを覚えている。

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最終更新:9/12(水) 13:04
FNN PRIME

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