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「弱いリーダー」である僕が、いかにして「メンバーの強み」を引き出したのか|クラウドワークス田中 健士郎さん

9/13(木) 17:01配信

リクナビNEXTジャーナル

「何かが足りない…。もっともっと頑張らないと」
「うまくいかないのは自分に欠点があるから?」
仕事をする上で、こうした息苦しさや辛さを感じたことは誰にでもあると思います。そんな時、どのように壁を乗り越えたらいいのでしょうか。この連載では「自分の弱みは、誰かの強み」をテーマに、自分らしく自然体で働く人の働き方ストーリーをリレー形式でお届けします。
今回は、株式会社ココナラ広報 古川芙美さんからのご紹介で、株式会社クラウドワークスで働く田中健士郎さんにお話をうかがいました。
田中 健士郎さん(たなか けんしろう)さん
上智大学卒業後、大手製造業会社で電子デバイスの海外営業を担当。2015年日本最大級のクラウド・ソーシングサービス「クラウドワークス」の経営企画/地方創生マネージャーとして、地域パートナーや自治体と連携してクラウドソーシングの普及促進・ワーカー育成に携わる。株式会社オムスビ(神奈川県逗子市)の「カタリスト」として、プロダクト・マネジメント構築や組織づくりにも取り組む。

キャリアチェンジで気付いた「自分の弱み」

―新卒で製造業に入り海外営業を担当されていたそうですが。
ええ。入社してから、海外営業担当として多様なメンバーの力を最大限に発揮させる場を作る魅力を感じ、全力投球していました。米国担当当時、日米の2拠点生活でした。2カ月ごとに日米を行ったり来たり。そこでクライアントである世界的なIT企業を担当し、個人のライフスタイルを重視した働き方を目の当たりにしました。皆さん仕事はかなりハードにされている印象はある一方で、短パンにTシャツ、帽子をかぶって出社し、勤務時間もフレキシブル。夕方にちょっと自宅に帰って家族と夕食を取ったあと、また仕事をする―という人もたくさんいました。
そういう自由な働き方を見るにつけ、東京での働き方が窮屈に思えたのです。
個人のライフスタイルを大切にしているのか?という視点で見ると、日本は「まだまだだなぁ」という感じがありました。同時に「日本の働き方はこれからどんどん変わるんじゃないか?」と変化の可能性を感じたのです。
そのころから、「新しい働き方」を考えるようになりました。会社の休みに全国のコワーキングスペースを回り、自由に仕事をしている人たちの姿に触れ、「地方でも東京と同じように働ける」と確信しました。
考えてみると、シリコンバレーって意外と田舎にあるんですよね。
そこで思い切って自分のライフスタイルを変えてみました。神奈川県逗子市に移住したのです。逗子は都内まで電車で1時間ぐらいのギリギリ通勤圏内です。
―そして「働く」をキーワードに転職されたのですね。製造業からクラウドワークスへの転職は大きな転換ですね。
はい。「働く」をコア事業として「新しい働き方」に真摯に向き合っている会社だと思い、転職しました。
前職の海外営業は自分が得意とする仕事だったため、自分の弱みを明確に意識することがありませんでした。海外の最重要顧客担当に抜擢され、自分でも「結構できるな」と思っていて。
それが、クラウドワークスに転職して初めて「自分は全然足りていない」という体験をします。
会社の新規事業である地方創生のプロジェクトを、ゼロから立ち上げる場にポンと入り、すべてを一人でやらなければならない。今思うと、僕の働き方として「すべてを一人でやる」というのが自然体ではなかったのだと思いますけど…。この間いろいろなスキルを学び、同時に弱みを知ることができました。
前回のも「資料作りが苦手」とおっしゃっていましたが、僕も近いところがあるんです。IT系社員が多い会社に製造業から転職した僕は、そもそもITスキルが厳しいところがありました。クライアントへの納品物をパワーポイントやエクセルで完ぺきに作って提出する際、クオリティが上がらなくて…。一時期は本を読んで学んだりもしました。でも「やっぱり好きじゃない」んですよね(苦笑)。
こうした自分の弱みを知ると同時に、自分の得意な分野、強みも明確になりました。
僕はチームで1を10にするのがすごく得意。完成したコンセプトを、TODOに落とし込み、どういうスケジュールで、誰にそれを振るのか。全体のプロジェクト・マネジメントが得意なんだと分かりました。
幸い、地方創生事業が拡大して部下が2~3人になり、同じチームの中に、僕よりもパワポを作るのが得意な人が現れたので、その人に任せています。これで僕がプロジェクト・マネジメントに特化することで、全体がうまくいくようになりました。

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