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【岐阜から伝えたい】「誰も気付かないが」講じてきた豪雨対策 生きる50年前バス事故の教訓

9/13(木) 14:46配信

岐阜新聞Web

 中国、四国を中心に200人を超す死者を出した西日本豪雨。その被害は平成最悪といわれ、各地の災害対策にさまざまな問題を投げ掛けた。被災県の一つ、岐阜では1968年8月、集中豪雨による土砂崩れで観光バス2台が川に転落し104人が犠牲になった「飛騨川バス転落事故」が発生。その後の防災、道路行政に大きな影響を与えた。大惨事から半世紀がたち、事故の記憶と記録をたどった連載の中から現代に生かされている教訓をリポートする。

「誰も気付かない」 災害被害拡大を防ぐ専門家養成

 「土石流のメカニズムが解明されていない時代。予測は難しかっただろう」。斜面災害の専門家として知られる岐阜大工学部教授の沢田和秀。50歳で飛騨川バス転落事故とは“同い年”だ。事故現場付近で行われる岐阜国道事務所の防災工事にも協力している。
 県内にも大きな被害をもたらした今年7月の西日本豪雨では、県内16観測地点で史上1位となる雨量(72時間、岐阜地方気象台調べ)を記録。郡上市の3観測地点で累積雨量が千ミリを超え、過去最高を更新した。
 雨の降り方の予想が難しい時代にあって、沢田は「一枚も二枚も上手のことを考えるべき」と警鐘を鳴らす。そこで、ハードの整備に加えて力を入れるのが人材育成だ。
 沢田がセンター長を務める工学部付属インフラマネジメント技術研究センターでは、インフラの点検や診断ができる高度な技術者「社会基盤メンテナンスエキスパート(ME)」の養成講座を開催。昨年度まで10年間で412人を育てた。

 特徴は、行政と民間の両方から人材を受け入れる点。共通の高度な知識を持った技術者を養成し「災害現場でのスムーズな連携につながっている」。
 事故現場の国道41号で、のり面の防災工事を請け負う丸ス産業(加茂郡白川町)の常務で、岐阜大工学部非常勤講師の加藤十良は、ME資格を取得した一人だ。
 かつては「洞門」と呼ばれるコンクリート製の屋根を設けたが、費用がかかり過ぎるため、近年は金網など柔らかい素材を使った「高エネルギー吸収」の対策へと進化。「とにかく道路に土砂や落石を出さない」ことを最優先にしている。
 バス転落事故以来、現場ではハードの対策工事が進む一方、全国初の雨量規制が敷かれ、人材も育つなどソフト面も充実。効果は見えづらいが、西日本豪雨では県内で土砂災害による死者は出なかった。沢田は「対策を講じてきたからこそ何もない。誰も気付かないが」と語る。

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最終更新:9/13(木) 16:37
岐阜新聞Web