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ブレトンウッズは2度死ぬか

9/13(木) 16:31配信

ニュースソクラ

【けいざい温故知新】日本と中国が壊す戦後経済秩序

 両国で世界経済の4割近くを占める米中貿易戦争がエスカレートしている。戦後の世界経済秩序を支えてきた大きな柱「自由貿易体制」(世界貿易機関=WTO体制)が、悲鳴をあげている。

 47年前(1971年)の8月、もう一本の柱を切り倒したのはニクソン米大統領だった。ドルと金の交換を停止、金1トロイオンス=35ドルの米ドルに各国通貨が決まった値(平価)で結びつく固定相場制を終わらせた。

 戦前の世界恐慌で、各国が通貨切り下げを競い、高関税など保護主義に走り、やがて第2次大戦が始まった。戦後の世界経済秩序は、その反省から出発した。

 大戦の帰趨が見えた44年7月、米ニューハンプシャー州の保養地ブレトンウッズに連合国の代表が集まり、米国案をもとにドル基軸の固定相場制の採用、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD=世界銀行)設立を決めた。ブレトンウッズ体制だ。

 少し後れて戦後の47年に自由、無差別、多角的を3原則とする関税貿易一般協定(GATT=WTOの前身)が締結された。保護主義の封印がねらいだ。

 先に壊れたのは通貨の方。予兆はあった。68年に金の公定価格は各国通貨当局間の取引に限り、他は自由市場に委ねる「金の二重価格制」に移行した。

 大戦直後、米国は世界の金準備の7割を保有していたが、60年代に欧州や日本が高度成長を遂げる一方、ベトナム戦争に深入りした米国の貿易赤字が拡大、金準備も減って、ドルの価値が揺らいでいた。

 ニクソン・ショックは二重価格移行の3年後。同政権で大統領経済諮問委・委員長を務めたハーバート・スタインは著書で「日本」が大きな要因だったと回想している。71年当時、対日貿易赤字が膨張し、多くの産業から不満が出て、政権の悩みのタネに。対日輸入制限が真剣に検討されたが、政府内の自由市場支持派が金交換停止・ドル切り下げを推したという。

 ブレトンウッズ体制崩壊の引き金役――当時の日本にそんな自覚はなかった。64年に為替取引を制限しないIMF8条国になってからも、せっせと黒字(ドル)を積み上げた。輸出は振興しても、輸入自由化など市場開放はおざなり。海外旅行を自由化したが、旅行者の外貨持ち出しは制限した。

 海外からの円切り上げ要求は、はねつけた。同じ工業品輸出国の西ドイツは、61年、69年とマルクを切り上げていた。日本は固定相場制の恩恵を受けながら、体制を守るために犠牲を払う用意はなかった。

 当時の日本とオーバーラップするのが、昨今の中国。貿易戦争を仕掛けたのは米国だが、中国が自由貿易の守護者のごとく喧伝するのは白ける。

 知的財産権保護はきわめて不備だし、進出外資に技術移転を強いるのも常。尖閣騒動では、日本向けレアアース輸出を規制(WTOが違反と判定)、高々度ミサイル防衛システム(THAAD)を導入した韓国には、中国からロッテ系店舗を締め出し、訪韓観光客数を絞るなど、露骨な報復をしている。

 「防火長城」と呼ばれるネット検閲システムで海外のSNSなどをブロックし、モノも、情報も、出ずるをはかりて入るを制す。自由貿易体制の最大の受益者ながら、市場開放は先送りしてきた。

 半世紀前の固定相場制同様、WTOが体現する自由貿易体制にも、制度疲労がうかがえる。

 GATT時代は、60年代のケネディ・ラウンド、70年代の東京ラウンド、80~90年代のウルグアイ・ラウンドと、全加盟国参加の貿易障壁低減交渉が実現した。だが、中国がWTOに加盟した2001年に始まったドーハ・ラウンドは、加盟国の対立で立ち往生。他方、有志連合とも言えるFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)が雨後の竹の子のように増えた。

 米国の非協力もありWTOの紛争裁定機能はマヒ状態、トランプ大統領はWTO脱退もほのめかす。

 ニクソンが、IMF協定で定めたデ・ジュリ(法定)の金ドル本位の固定相場制をお払い箱にした後に、ドルを基軸通貨にする変動相場制というデ・ファクト(事実上)の通貨体制が取って代わった。

 仮にデ・ジュリのWTO体制が壊れれば、さまざまなFTA、EPAが合従連衡、優勝劣敗を演じるデ・ファクトの貿易体制が形成されるのかもしれない。

 こんな見方もできる。「米国は、もはや“世界の警察官”ではない」とは、オバマ前大統領の弁だが、トランプの保護主義のメッセージは「もはや“世界の消費者”ではない」とも受け取れる。

 日本も中国も、米国の旺盛な消費を足がかりに輸出主導型成長を遂げられた。黒字国が稼いだドルを米国に投資することで、米国の赤字をファイナンスし、おかげで低金利を維持できた米国は、さらに借金で消費を増やし…という循環。米中貿易戦争は何十年も続いた米国中心の循環に終止符を打つのか。

 上記のような循環システムが持続可能として「ブレトンウッズ2」と名づけた学者もいる。「ブレトンウッズは2度死ぬ」のだろうか。

■土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版)

最終更新:9/13(木) 16:31
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