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都市部の地価上昇、鮮明に 「再びバブル」の懸念も

9/15(土) 17:00配信

京都新聞

 地価が高騰から急落へと転じた1990年代前半のバブル崩壊により、日本経済は「失われた10年」と呼ばれる長い停滞期を経験した。それから四半世紀がたった今、金融緩和による世界的なカネ余りを背景に国内外の資金は再び不動産へと向かい、都市部では価格上昇が鮮明になってきた。銀行の不動産向け融資も積み上がっており、過熱への懸念が徐々に強まっている。
 平成初期の「土地バブル」は、80年代後半に東京から全国に広がった。金融の機能や情報が集中する東京都心のオフィス需要が急増し、周辺の住宅地の地価に波及。銀行は不動産の取得や開発に対する融資を積極化した。将来も価格上昇が続くという「土地神話」が信奉され、不動産需要をさらに刺激した。
 「地上げ」や「土地転がし」がクローズアップされたのもこのころだ。地価上昇を当て込んだ買収が活発化し、地権者を暴力的な手段で追い出す社会問題も相次いだ。
 京都の地価もうなぎ上りだった。そのピークは91年。京都市内の商業地の公示地価は1平方メートル当たり平均392万5700円となり、5年間で3・2倍に膨らんだ。最高額だった下京区の四条通寺町東入ルの地点は、同3千万円を記録した。
 景気過熱によるインフレ防止のため、日銀は89年から立て続けに利上げを行った。翌90年に旧大蔵省が不動産向け融資を抑える総量規制を導入すると、投機的な土地取引の貸し出しは沈静化する。だが、金利上昇による返済負担の増加と資産価格の下落が、借り入れで不動産投資を膨らませた多くの企業や個人を破綻に追い込んだ。銀行は回収不能となった不良債権を大量に抱え、深刻な金融危機へとつながった。
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 長期にわたり下落を続けた全国の商業地の公示地価は、2007年にいったん反転。翌08年のリーマン・ショック後には再びマイナスに転じたものの、16年からは3年連続でプラスで推移するなど上昇基調にある。
 背景には投資マネーの流入がある。不動産から上がる利益を複数の投資家に分配する「証券化」の仕組みが普及し、取引が容易になったことで、塩漬けになった都市部の土地も動きだした。
 日銀の「異次元緩和」やマイナス金利政策も、不動産へ向かうカネの流れを加速させた。15年の相続税法改正で増加した節税目的のアパート建設は、運用難に陥った銀行にとって格好の貸付先だった。銀行の不動産業向け貸出金残高は17年に74兆円を突破し、今なお膨らみ続けている。
 訪日外国人の急増を受けて火が付いたホテル開発も、地価を押し上げた。全国でも如実に表れているのが京都だ。大小のホテルに加え、町家を改装したゲストハウスなど簡易宿所の開設が相次ぎ、今年1月時点の公示地価は京都府の商業地が前年比6・5%増と全国一の上昇率だった。
 「今日の地価上昇はインバウンド(訪日観光客)のたまもの。大半が需要に基づく土地取引で、バブル期とは様相が異なる」。京都の地価動向を長年ウオッチしてきた不動産鑑定士の森口匠さん(66)は、こう指摘する。
 ただ、客室の急増で足元では宿泊施設の採算性が低下しつつあるとみており、「金融緩和でただでさえ不動産には資金が入り込みやすい。実需の範囲内の地価上昇かどうかを見極めなければ、再びバブルが生まれかねない」と警鐘を鳴らす。
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 来年5月で幕を下ろす平成は、数々の経済危機が起きた。日本のバブル崩壊、米国発のITバブル-。そしてリーマン・ショックからちょうど10年がたった。過去のバブルの現場にいた京都、滋賀にゆかりの人たちの当時を振り返り、今に続く影響や新たな危機の芽に目を凝らす。

最終更新:9/15(土) 17:00
京都新聞