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支持され続ける魅力 大阪ガスクッキングスクール来年95周年 多様化ニーズを機敏にキャッチ

9/16(日) 7:55配信

産経新聞

 年間約4万人が利用している「大阪ガスクッキングスクール」(大阪市中央区)が、来年でオープン95周年を迎える。大正13(1924)年に設置された当初はガス普及を目的に、西洋料理から家庭料理へ。戦後は核家族化や共働き夫婦が増えてライフスタイルが一変し、調理するメニューも多様化していった。時代とともに移り変わるニーズに合わせて、利用者の支持を集めてきた。

 「最初は『割烹(かっぽう)研究会』という名称でした。当時の『割烹』は高級料理ではなく、『切ったり煮たりする料理』という意味でした」

 大阪ガスのマーケティング推進部の川瀬実登里さんが説明する。同社の記録や研究をまとめた出版物にはキッチンに向かう大勢の割烹着姿の女性が写っている。

 大正13年に開設された頃は、一般家庭にあまりガスが普及しておらず、台所で料理するのは薪(まき)や炭が主流だった。明治時代のガス灯が大正時代に電灯に取って代わられたため、同社は照明事業から撤退。家庭用の新たな熱源供給へとシフトした。ガス料金を引き下げ、「安全」「便利」「簡単」を掲げて宣伝し、ガスの利便性を実体験してもらう場として、料理教室を開設した。

 当時のメニューは流行していた西洋料理が中心。同社が保管するレシピには、「コムポト・チキン」「ポタージュ・ボストン」「バター・プリン」などハイカラなカタカナ料理が並ぶ。

 昭和8年、御堂筋沿いに大阪ガスビルが完成すると、同ビル7階に会場が移され、「瓦斯(がす)料理講習室」と名称を変更。最先端の調理器具を備えてガス器具のショールーム的な役割も担っていた。

 戦時中は一時中断していたが、昭和28年に料理教室を再開。人気料理人を講師に招くなどして受講者が増えていった。「大きな転機は40年代の高度成長期だと思います。オーブンが家庭に普及していくと同時に、パンやお菓子の教室が増えてきました」と川瀬さんは説明する。

 50年代以降は講習内容が多様化し、「親子クッキング」や結婚前に料理を学ぶ「ブライダルクッキング」が話題に。ビジネス街で働くOLをターゲットにした夜間コースが導入され、昼よりも多くの利用者を集めたという。共働き夫婦が増えてきたことから「男性クッキング」もスタートした。

 平成5年に「大阪ガスクッキングスクール」に名前が変わり、利用者のニーズにこたえた料理教室のバリエーションもどんどん増えている。

 最近では流行語にもなっている「インスタ映え」する料理がヒットしているほか、グループの人たちと協力するのではなく、最初から最後まで独力で調理する「ひとりでクッキング」も人気上昇中だ。

 26年からは同社グループの社会貢献の一環として親子向けの「防災クッキング」も手がけた。長期保存が可能な食料や水、カセットコンロなどを使い、健康面にも配慮した災害時に役立つメニューを提案している。

 今夏、大阪北部地震や西日本豪雨などの自然災害が相次ぎ、防災に対するニーズも高まるなか、同スクールメニュー開発室の畑中貴美子チーフは「災害時の経験を見つめ直すことで、料理教室に対しても必要なことが見えてきたり、考えることが出てくるかもしれない」と指摘する。

 人々の暮らしに寄り添いながら、ガスを使った料理のおいしさを伝える同スクールは、消費者のさまざまな要望や期待を背負って、これからも歴史を紡いでいく。

最終更新:9/16(日) 7:55
産経新聞