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「バッド・ジーニアス」 タイの映画賞総なめ、“厚い壁”に空けた穴

9/15(土) 8:49配信

産経新聞

 タイ映画界の厚い壁をぶち破った、という手応えは感じている。9月22日公開の「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」は、タイ映画には珍しい社会性と娯楽性を兼ね備えた作品で、タイのアカデミー賞といわれるスパンナホン賞を史上最多の12部門で受賞した話題作だ。これが長編2作目となるナタウット・プーンピリヤ監督(37)は「スタッフやキャストには苦労をかけたが、誇りに思ってもらえるんじゃないか」と笑顔をほころばせる。

■受験熱の加熱に一石

 日本での公開を前に来日したプーンピリヤ監督によると、これまでタイの娯楽映画といえば、あまり質のよくないコメディーぐらいしかなかったという。概して脚本はなく、撮影技術のレベルも低い。そうでなければ、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督に代表されるアート系の映画で、観客の欲求にリンクしていなかった。

 「どうしてその中間の映画がないのか、すごく楽しくて、なおかつメッセージ性のある映画が、なぜ作られないのかと思っていました」と監督は振り返る。

 「バッド・ジーニアス」は、実際に中国であったニュースがヒントになっている。時差を巧妙に利用して入試問題を事前に入手していた事件で、カンニングをモチーフにすれば、スパイものやアクション映画のようなはらはらドキドキの娯楽作にできるのではないかと考えた。

 映画の主人公、リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)は天才的な頭脳の女子高校生だが、家は貧しかった。女優志望の友人、グレース(イッサヤー・ホースワン)を助けたことをきっかけに、カンニングを指南して小銭を稼ぐことを思いつく。だが堅物の秀才、バンク(チャーノン・サンティナトーンクン)は快く思わなかった。

 「以前から子供をいい大学に進学させたい親は多く、親の期待に応えようとして生徒がカンニングをする問題は常態化していた。私が子供のころも、本当はサッカーが得意なのに、親が無理やり塾に通わせるということはよくありましたからね」

■スコセッシに憧れて

 首都バンコク出身のプーンピリヤ監督は、実家がレンタルビデオ店だったこともあり、映画に親しんで育った。最初は楽しみで見ていたに過ぎなかったが、10歳でマーティン・スコセッシ監督のマフィア映画「グッドフェローズ」(1990年)を見て、映画に対する認識が変わった。

 「ものすごいパワーを感じた。自分もこんな映画を作って、多くの人に僕が味わったような気持ちになってほしいと思いました」

 将来は映画監督になると決意するが、実際に長編映画を撮るまでには長い道のりがあった。国立の名門、シーナカリンウィロート大学の芸術学部では演劇を専攻。卒業後、CMなどを手がける一方、米ニューヨークの芸術系大学、プラット・インスティチュートに留学し、グラフィックデザインを学ぶ。帰国後、満を持して初長編を監督したときは、30歳を過ぎていた。

 「タイでは20歳ちょっとでデビュー作を撮る人が多い中、“自分探し”に随分時間がかかってしまった」と苦笑するプーンピリヤ監督は「大学で映画を専攻しなかったことが失敗だった」と打ち明ける。

 「高校の先生に、将来は映画を作りたいと相談したら、先生が勧めてくれた大学に入ったら、映画ではなくて演劇の学科しかなかった。役者とどうやって意思疎通を図るかを学べたので、その点は今も映画を撮るときに役立っています」

■予想外の大ヒット

 30歳を超えてようやく撮り上げた初監督作は、さんざんの出来だった。収支は赤字、評価もひどいもので、2本目も誰からも期待されず、とにかくきちんと撮ることだけに集中した。

 それが「バッド・ジーニアス」だったが、予想に反して国内では昨年ナンバーワンの大ヒットを記録。さらに中国や台湾、ベトナム、マレーシア、フィリピンなどでも、タイ映画史上1位となる興行収入を記録した。評価も高く、スパンナホン賞を作品賞、監督賞など12部門で獲得する栄誉に輝いた。

 「主要な役を演じた4人の出演者と一緒にプロモーションで世界を回ったが、どこに行ってもファンが興奮してくれてうれしかった。自分に歓声をあげてくれる人は、そんなにはいなかったけどね」といたずらっぽく笑うプーンピリヤ監督は、チャンスがあれば憧れの米ハリウッドでも作ってみたいと夢を語る。

 「やっぱり映画を好きになった原点はハリウッド映画ですからね。でも大作にはこだわらず、自分の伝えたいことを映画にするということが大事です」。タイ国内で伝えたいテーマが撮れるのであれば、タイで撮ればいいという。

 「日本の皆さんにとってタイの映画はなじみが薄いかもしれないが、精いっぱい作った作品なので、ぜひ心の扉を開いて見にきてほしい」と優しい笑顔で語った。(文化部 藤井克郎)

 ナタウット・プーンピリヤ(Nattawut Poonpiriya)  1981年、バンコク生まれ。シーナカリンウィロート大学の芸術学部で博士号を取得後、短編映画を撮りながらCM監督としてタイ国内で活動する。米ニューヨークのプラット・インスティチュートでグラフィックデザインを学んで帰国後の2012年、長編第1作の「カウントダウン」公開。スパンナホン賞の脚本賞、編集賞、主演男優賞を受賞する。長編第2作となる「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」は、タイ映画として国内で2017年の年間興行収入1位を獲得。スパンナホン賞を史上最多の12部門で受賞したほか、日本のアジアフォーカス福岡国際映画祭、米国のファンタスティック・フェスト、ベルギーのレイザーリールフランダース映画祭など各地の映画祭で高い評価を受けている。

 「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」 9月22日から新宿武蔵野館(東京都新宿区)、29日からシネ・リーブル梅田(大阪市北区)、10月13日からシネマ・ジャック&ベティ(横浜市中区)、シネ・ギャラリー(静岡市葵区)、19日からイオンシネマ京都桂川(京都市南区)など全国順次公開

最終更新:9/15(土) 8:49
産経新聞