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イスラエルの女性にとって平和とは? (3) お互いが違うことを認め合うことが必要

9/15(土) 6:32配信

アジアプレス・ネットワーク

大学生のインバールさんの祖父母はルーマニア出身。ホロコーストの経験を持っていた。「イスラエルとパレスチナ、平和的な解決を目指してほしい」という。平和について聞いた。第3回。(エルサレムにて取材・古居みずえ・アジアプレス)

第3回:インバ―ルさん(ヘブライ大学学生 20代)

◆「挑発や脅しから戦争が起きる」

「トランプ大統領が行っているような挑発や脅しが続くなら戦争が起きます。アメリカ大使館のエルサレムへの移転を決めたことだって同じです。みんなが喜ぶからアメリカ大使館を移転する。喜ばない人は紛争の中で生きている人です」

インバ―ルさんはヘブライ大学で、5年間のプログラムの国際関係学を学んでいる女性だ。将来的には平等なコミュニティについて研究し、前向きな変革をもたらしたいという。

インバ―ルさんは子どものころは、バスに乗るのが怖かったという。インティファーダ(パレスチナ人による民衆蜂起)が燃え盛っているときだった。彼女はバスに乗るときには、友達や家族に「愛している」とテキストメッセージを送っていた。もし自分が死んでも誰も愛していたことを知らなかったら嫌だから、不安になったときはいつもそうしていたという。

◆祖父母はホロコーストを経験 「当時 コミュニティから追い出された」

インバ―ルさんによると、祖父母はすべてルーマニア出身だ。父方の祖母はインバ―ルさんに戦争中に起きた悲しい出来事を話したという。
「自分の村のコミュニティを信じていたのに、そこから追い出されたのです。祖母にとってとてもつらい時期でした。だからそのことについて話すのもつらいのです。でもたまに話してくれます」

今年90歳となる祖母はホロコーストの体験者だという。インバ―ルさんはホロコーストの日が来るたびに、祖母さんに「おばあちゃん、当時の記憶を話したい?」と聞くと祖母さんは毎回「したくないわ」と答えるそうです。
「祖母が話したくないのは当然です。とても厳しい記憶ですから。年配の人で当時のことを話したいと思う人はほとんどいないと思います。無力さの記憶ですから。いつも祖母は当時の記憶を避け、自分の中にとどめています」

それでも祖母は「その頃の自分は子どもで、とても無力に感じた。周囲の人たちの様々な苦しみを見ながら、自分は何もできなかったという記憶がある」とインバ―ルさんにぽつりと話してくれたという。

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