ここから本文です

【#平成】〈18〉イナバウアー、加点につながらない技に魂を込めた荒川静香さんの思い

9/15(土) 11:03配信

スポーツ報知

 天皇陛下の生前退位により来年4月30日で30年の歴史を終え、残り1年となった「平成」。スポーツ報知では、平成の30年間を1年ごとにピックアップし、当時を振り返る連載「♯(ハッシュタグ)平成」を掲載する。第18回は平成18年(2006年)。

 トリノ冬季五輪、第1回ワールド・ベースボール・クラシック、サッカーW杯ドイツ大会…。平成18年はスポーツの話題に満ちた一年だった。中でも、トリノ五輪フィギュアスケート女子で、アジアの選手として初めて金メダルに輝いた荒川静香さん(36)が世界中を魅了した、しなやかに上体を反らせるイナバウアーは、12年たった今も国民の記憶に残っている。同五輪から導入された採点法では技術的な加点につながらないにもかかわらず、荒川さんは、なぜこの技に魂を込めて、見せたのか。(甲斐 毅彦)

■悩んでスランプ

 荒川さんの耳には、フリー演技でイナバウアーを見せた瞬間にパラベラ競技場に巻き起こった喝采が、12年たった今も残っている。無心で舞っている中で、歌劇「トゥーランドット」のバイオリンの音色がはっきりと聞こえたのも、その数秒間だった。最高水準の得点が求められるジャンプ、スピン、ステップ、スパイラルとは違い、必ずしもやる必要はなかった技を見せた瞬間だった。

 「スパイラルにはポジション保持の秒数、スピンには回転数…といったことが気になりながら滑っていた中でイナバウアーは唯一、そういったルールから解放されて、何も考えずにできる技でした。五輪の空気をそこで一気に感じましたし、見ていてくださった方の声や音楽もそこだけが聞こえて。記憶に一番色濃く残る瞬間でした」

 自分の出番直前に演技していたサーシャ・コーエン(米国)には視線を送らず、ヘッドホンで「トゥーランドット」を聴き、ライバルに送られる歓声を遮断。完全に自分の世界に入り込んでいた。

 実は、イナバウアーを大会直前まで封印していた。前大会の2002年のソルトレークシティー五輪で起きた採点・判定の不正事件を受け、フィギュアでは04年からジャンプやスピンなどの技術点に明確な基準を設けた新採点法が導入されていた。柔軟性を生かした優雅なポーズを得意とする荒川さんの長所が加点されなくなってしまっていたのだ。05年3月の世界選手権(モスクワ)では9位と惨敗。自分の滑りを見失っていた。

 「点数にならないものは省くような状況にあった中で、ファンの方から『イナバウアーは最近やらないね』と言っていただく機会が増えた。あ、そんなに人の記憶に残っていた要素だったんだ、と。それが私らしさなのかもって気がつきました」

 高得点という「記録」を狙うのか。見る人の心に「記憶」を刻み込むのか。スパイラルなどの技術レベルアップのためにトリノ開幕3か月前に就任したニコライ・モロゾフ・コーチは、フリーのプログラムにイナバウアーを盛り込むことにゴーサインを出した。「記録」と「記憶」の両取りを狙ったのだ。

 「記録を重視するコーチだったのですごく意外でした。数秒間でも息を整えるのと、イナバウアーで無呼吸状態になったままとでは、後半のジャンプでのリスクは変わってくる。それでも私の個性もしっかり踏まえた上でプログラムを考えてくれて、目覚めたと言いますか、最後に背中を押してくれることになりました」

1/3ページ

最終更新:9/15(土) 11:03
スポーツ報知