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ウルトラマン・金城哲夫さん映画「かりゆしの島」 映像・脚本 初の同時公開

9/19(水) 5:04配信

琉球新報

 【南風原】「ウルトラマン」シリーズの脚本を手掛けた故・金城哲夫さん(1938~76年)が生前最後に手掛けたドキュメンタリー映画「かりゆしの島―沖縄」の映像の一部と、哲夫さん直筆の同作品の脚本が、21~27日の正午から午後5時まで、南風原町立中央公民館で一般公開される。同作品は、沖縄国際海洋博覧会(75~76年)の沖縄館で上映された。作品の映像と脚本が同時に公開されるのは全国でも初めて。県内で映像が公開されるのは、海洋博以来とみられる。
 上映は、哲夫さんの半生を描いた劇団民芸による演劇「光の国から僕らのために―金城哲夫伝」の沖縄縦断公演が、21日から始まるのに合わせて、南風原町観光協会が企画した「金城哲夫展」の一環。他にも「かりゆしの島―沖縄」の撮影日程表や、琉球警察が活躍する刑事ドラマ「沖縄物語」などの脚本や資料も公開される。
 「かりゆしの島―沖縄」は約16分の作品で、県内各地の伝統行事や自然、日本復帰直後の県民生活が収められている。脚本は哲夫さんの家族が保管し、映像は2年前に東京都で発見され、関係者を対象に内覧会が開かれていた。今回公開されるのは約3分の短縮版。
 哲夫さんは中学卒業後に上京し、1961年に玉川学園大学を卒業。円谷プロダクションに入り「ウルトラマン」など多くの脚本を手掛けたが、69年に円谷プロを退社。沖縄に戻り沖縄芝居の脚本を書いたり、ラジオやテレビ番組のキャスターとして活躍しながら、海洋博の開会式や閉会式の演出に関わった。海洋博直後の76年2月、事故で37歳で亡くなった。
 哲夫さんの9歳下の弟・和夫さん(71)は、海洋博を成功させようと毎晩夜遅くまで忙しくしていた哲夫さんを覚えている。
 和夫さんは「海洋博は命取りになった仕事だと思うが、哲夫は沖縄の文化芸能を世界に誇りを持って示せるものだと思っていた。だからこそ一生懸命取り組んでいた」と振り返る。
 金城哲夫研究会の佐藤文彦代表は「哲夫さんが沖縄が大好きで、いろんな人に見せたいという思いがあったことは確かだ」と指摘。「気持ちは作品に残る。映像作品は手軽には見られないので、ぜひ多くの人に哲夫さんの伝えたかった沖縄を見てほしい」と話した。
 劇団民芸の「光の国から―」でも海洋博との関わりが描かれており、「金城哲夫展」を企画した町観光協会担当者は「演劇と合わせて見てほしい」と話した。
 「金城哲夫展」の問い合わせは町観光協会(電話)098(851)7273。劇団民芸の「光の国から―」南風原公演(22、23日)の問い合わせははえばる観光案内所(電話)098(882)6776。縦断公演の詳細は劇団民芸HP、もしくは劇団民芸(電話)044(987)7711(平日午前10時―午後6時)。(半嶺わかな)

琉球新報社

最終更新:9/19(水) 10:26
琉球新報

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