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【悼む】山本KID徳郁さん 邪気も飾り気もなく、率直な人柄

9/19(水) 6:00配信

デイリースポーツ

 レスリングや総合格闘技で活躍したプロ格闘家の山本KID徳郁(本名岡部徳郁、旧姓山本)さんが18日、死去した。所属する「KRAZY BEE」が公式ツイッターで明らかにした。41歳だった。山本さんは、父がミュンヘン五輪代表の郁栄さん、姉・美憂さんと妹・聖子さんが世界女王というレスリング一家に育ち、存在感のあるファイトで格闘技ブームをけん引した。

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 KIDさんと長く話したのは、モデルのMALIA.との離婚が明らかになった2009年9月3日だ。馬込の「KRAZY BEE」に直行し、子連れで現れたKIDさんと1時間ほどだったか、ジムの外で話し込んだ。

 KIDさんは嫌な顔一つせずに「愛が一番大事だったのに、その愛をいいように扱えなかった」、「あいつへの愛は変わらない」などと、心情を打ち明けてくれた。「またMALIA.ちゃんと結婚する」と言うKIDさんを、こちらの方がしどろもどろになりながら激励して別れた。

 パブリックイメージはやんちゃだが、邪気も飾り気もなく、率直な人柄だった。

 11年9月6日、ザ・リッツ・カールトン東京でUFCの記者会見が開かれた日、六本木駅でKIDさんと出くわした。普段はゴージャスな車で会場入りしていたので意外に思ったが、「俺、免許持ってないから電車で来たんすよ」と、さらっと答えた。スーパースターなのに、全くかっこうをつけるところがないのだ。

 ファイターとしてはニックネーム通り、まさに“神の子”だった。絶頂期の07年1月28日、レスリングに復帰した天皇杯で右肘後方脱きゅうの重傷を負い、その後、輝きが失われていったのが惜しまれてならない。

 11年2月5日、ラスベガスでUFCデビュー戦を取材した。KIDさんは9歳下のデメトリアス・ジョンソンにほんろうされ、判定で完敗した。

 ジョンソンはUFC史上最多の防衛記録を樹立する名王者に成長していく。大きな世代交代を目撃していたことに気付いたのは、かなり後のことだ。

 さようならKIDさん。不世出とは、あなたのことです。(デイリースポーツ元格闘技担当・藤澤浩之)