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本当のことが語られているか 「華氏451度」舞台化

9/19(水) 19:46配信

カナロコ by 神奈川新聞

 本が燃える温度を題名に冠し、人々の思想が徹底的に管理された近未来を描いたSFの傑作「華氏451度」を、KAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)が舞台化する。演出は、同劇場の芸術監督を務める白井晃。SFの世界がリアルになりつつある、と危ぶみ「現代の社会状況を見るとき、この作品をやってみたいと思うのは必然だった」と語る。

 「テレビがスポーツや芸能の話題で埋められているのはなぜか。国会前に1万人も集まって報道されないのはなぜか。本当に本当のことが語られているのか」。落ち着いた口調ながらも、畳み掛けるように白井は話す。だが、安易な権力批判ではない。「結局、われわれがそれを望んでいるのではないだろうか」

 原作は米国の作家、詩人のレイ・ブラッドベリ(1920~2012年)が1953年に発表したSF小説だ。読書も本の所持も禁じられ、見つかれば「ファイアマン」が焼き払い、所有者は逮捕される。情報は享楽的なテレビやラジオばかり-。現代を予言するような作品は、65年前に既に書かれていた。

 「自分にとって意味のない物はごみでしかない、という現実が今はある」。自分の書棚の一冊一冊が自らを構成している、と白井は思ってきた。本の内容だけでなく書店の雰囲気、黄ばんだ紙の手触り、匂い。五感が記憶を深めた。だが「若い世代はどうなんだろう」。

 その憂慮は結局、演劇の存在意義に行き着く。携帯端末のコンテンツ(情報)でなく、劇場に足を運び、お金と時間をかけて生身の演技を見る。そんな、時に面倒でもある経験の連なりは今、共感されるのか。

 「五感を省エネ化するのは進化かもしれないし、滅びかもしれない」。そう話す白井が本作で描こうとするのは、アナログ時代の郷愁ではない。消費社会の渦中で均質化され、思考やアイデンティティー(自己同一性)を見失った人々に「自分をつくる旅に出よう」と呼び掛ける、「自己の再生」の物語だ。

 KAATに身を置いて4年半。東京の劇場にはない先鋭的な企画を“増殖”させたい、と尽力する。「またKAATが“やらかした”と驚かれ、来てもらえる存在にしたいですね」

 上演台本は長塚圭史。出演は吉沢悠、吹越満ら。28日~10月14日。料金はS席7千円、A席5千円、24歳以下3500円ほか。問い合わせは、チケットかながわTEL(0570)015415。