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【上海で躍進する企業】「物語コーポレーション」(下)

9/20(木) 14:01配信

ニュースソクラ

多様性の上海にこだわり「絶対に止めない」

■「物語」の謎解きに、「亜僑」小林会長のもとへ

 蟹の岡田屋総本店の岡田総経理に「クレド(経営理念)」を見せてもらった。目に飛び込んで来た言葉は経営理念「Smile & Sexy」。 「Smile & Sexy」の意味は、豊かで幸せな「自分物語」を歩むための“生き方”と書かれていた。分からない・・・。物語コーポレーション(以下、物語C) 取締役会長 小林佳雄氏(69)に会いに行った。

 小林氏の生まれた愛知県豊橋市に本社があるが、訪ねたのは東京オフィス。南青山のお洒落な通りに、黒の窓枠に個性を感じる白を基調とした4階建てのハイセンスなビル。扉を抜けると、「私たち一人ひとりの自分物語 ~物語社員965名が語りました~」という大きなパネルが掲げられ、そこには社員一人ひとりの美学や目標が記されていた。

 迎えてくれた広報室長の伊藤康裕氏(44)は、気持ちいいほどの笑顔の持ち主。エレベーターまで歩く数メートルの間、数人の社員さんとすれ違ったが、皆さん笑顔で「おはようございます」。通された会議室。待たされることなく、グレーのスマートなスーツに上品に光る茶色の革靴が印象的な大柄な男性が入って来た。

 シルバーグレーの短髪。丸みを帯びた黒ぶち眼鏡の奥からハの字のたれ目を覗かせ、笑顔で迎えてくれたその人が、小林氏だった。そして、彼は初対面である私の名刺を丁寧に眺めた。クレドの言葉が頭をよぎった。「誇り高く大切で個性ある『個』」。あぁ、、たったひとつの出逢いでも個を大切にし、一人ひとりの個性を尊重し、育て、自分も人も成長させてきた方だと感じた。

■創業者である母の存在

 彼の生まれ年、1949年に創業。同社の礎となる、おでんをメインとした「酒房 源氏」を母、小林きみゑ氏がオープンしたことに始まる。3店舗まで広げ、小林氏は裕福な家庭の中で育った。しかし、常に周りにどう思われているかが気になっていたという。だから、いつも明るくカッコいい自分を演じ、人気者だった。

 学業も優秀で慶応義塾大学に進学するが、周りの目を意識して生きてきた自分が一体何がしたいのか見えることはなく、逃避するように大学を休学し、単身アメリカへ。そこで、彼は海を越えて出逢った異国の人々に「当たり前なのに大切な気付き」を与えてもらうことになる。

 「笑顔で日々を過ごすことは難しいことではない」「みんな自分のことを一生懸命にしゃべっている。楽しそう」「個性は自分で作る」など、その時の想いはクレドにも綴られていた。

 大学卒業後、フランス料理店でウェイターとして働いた。さらに板前修業後、母の店を継ごうと愛知県豊橋の店に戻った。暖簾をくぐった時に見た光景。それは、昔の賑わいとはかけ離れていた。人間力と感覚で経営してきた母。

 しかし、時代は変わり、「旨いと思われる感覚も変化していました」と小林氏。「食材にも詳しく、旨いものを知っている。チェーン化する知識もあり、情報、ビジネス理論を知り、マニュアルの重要性などを熟知している自分がやるべきだ」と、経営者として君臨する母を追い出した。

 母が泣いたことも知った。しかし、「仕方がないでしょ。このままじゃ、会社が潰れるのだから」。腕のいい板前により、業績回復もしたが、板前退職後、自らが板場に立ってからは、また客足は遠のいた。どん底だった。しかし、「どん底になった時、人は本気になる」。がむしゃらに勉強し、来る日も来る日も料理に没頭した。

 周りのことを気にしている自分は、もうそこにはいなかった。目の前の客に料理を出して“美味しい”と言ってもらえる喜び。心と心のコミュニケーションを自ら体感した。それまで、自らの感覚を信じ、喜怒哀楽を出し、正直に生きる母親をカッコ悪いと思ってきた。しかし、26年の板前人生で気づいたのは、「母の生き方が一番カッコイイ!」だった。

■一人ひとりの物語

 その後、再び経営者としての手腕を発揮し、しゃぶしゃぶや焼き肉店などを次々とオープンさせ、現在グループ475店舗(直営253、FC206、海外16)を展開するまでになり、2020年までに売上高1千億円のグループになることを目指す。危惧するのは、「会社が大きくなると、周りを気にして発言しなくなる社員が出て、官僚主義的になり、上意下達の会社運営になってしまう」ことだった。

 これは、「日本国の深刻な問題でもある」と、小林氏は言う。同社では、外国人を多く採用しているが、彼らは自ら意見を言う。「ダイバーシティの中でこそ、イノベーションを起こすことが出来る!」と確信する中、多様性満載の上海でのビジネスを決めた。海外研修の行先も上海だが、初めはバスの中で話せなかった社員も、帰る頃には自分の意志や感想をしっかり話すようになる(添乗員談)。そして、オフィス1階に掲げられたパネルにあったように、全社員が自分の物語を語るようになっていく。

 「私たちは、『自分物語』の語り部でありたい」。クレドにある一説だ。一人ひとりの物語があり、それを周りに開示し表現していくことで、「会社物語」が出来ていく。自らの感覚を信じ、率直に、正直に生きること。いきいきした生き方、それが『Sexy』。

 しかし、自分のことばかり話していては、上手くいかない。だかこそ『Smile』。笑顔はもちろん、礼儀やマナー、思いやりなど、多くの意味を持っている。Smile & Sexy。それは、小林氏が生み出した「幸せになるための生き方であり、ビジネスで成功するための生き方」。

■終わりなき戦い

 激動の上海ビジネス。数年で撤退する企業が多い中、躍進を続ける物語C。年内には新業態の「ファストカジュアル(ファストフードとファミリーレストランの中間スタイル)」をオープン予定だという。

 低価格帯の店は、比較的長く続くという傾向を知っている上での展開だ。そうなると、現在、高価格帯の「蟹の岡田屋総本店」の今後の戦略は? 1-2回は、面白さ、斬新さ、SNS発信もありリピートする。そこでさらに一歩踏み込み、1週間や1か月に1回、必ず来たい店にする為に、上海総経理の岡田氏が取り組んでいることがある。

 「個対個」だ。まさにそれは日本人の強みでもあるおもてなしの精神の発揮どころ。店長と客のウイチャット交換によるコミュニケーションや、誕生日にはバースデーケーキのプレゼントをするなど、客の心に近づくことを意識している。さらに、「成長し続けることが重要。これでいい!という終わりはない」の言葉通り、年内に杭州への出店を予定し、今後、さらに店舗展開していくという。

 そして、岡田氏のこの言葉が頭から離れない。「ずっと続けていかなければプロではない。一度、始めた商売は、継続することで力になる」。これは人生も同じだ。

 それにしても、いつまで上海(中国)ビジネスを続けるのだろうか?この問いに、小林氏はひと言で答えた。「商売がうまくいくまで絶対にやめない」。すでに、上海では成功例で取り上げられ、日本の業界売上高ランキング(2017年)で、焼肉2位、ラーメン4位、お好み焼き3位と好調だが、小林氏は上海にもこだわる。多様性の上海での成功は、物語コーポレーションのめざす多様性を証明してくれるからだ。

 それは、今後さらなる成長のために、上海及び中国マーケットは巨大かつ魅力的な市場であることはもちろん、何よりも多くの人がもっと自由に正々堂々と、自分物語を語る生き方をしてほしいからこその海外進出だからだ。

 そう、Smile & Sexy の生き方に終わりはない。

 さらに興味深いのは、小林氏が生んだ造語だ。「亜僑」。華僑でもなく和僑でもない。世界には多くの人がいて、それぞれの個性がある。そして、日本人で、アジア人で、極東の人で、いきいきと生きていくことを今も目標にしている小林氏。そういった素敵な生き方をしている人の呼び方がないことに気が付き、生まれた言葉が「亜僑」。「亜僑になろうよ」。その生き方を自身が送り、多くの人にすすめているのだ。

 それにしても、こんなに素敵に生きる亜僑を生んだお母様って一体どんな方? そばにいた広報室長の伊藤氏が、満面の笑みで答えてくれた。

 「会長にそっくりです」

 小林氏の目が、またハの字になった。

■終わりに

 私が19年間に渡り上海に行く理由。それは、上海で生き抜く人たちに惚れたから。そう、取材撮影を通して、一人ひとりの物語を聞かせていただく度に力と勇気をもらってきた。そうして私自身も、『自分物語』を築いてきたのだと感じることができたのは小林会長のおかげだ。

 これからも、生き抜く人を追い続け、読者の皆さんに、その思いや力を届けたい。

■本堂 亜紀(写真家・モデル・ライター)
1999年、中国・上海に渡り、撮影・取材を続ける。2003年には上海市観光局から上海観光親善大使にも任命され、本堂亜紀と行く上海ツアー、写真展を毎年開催。中国国際航空イメージガール、春秋航空観光アドバイザーなども。インバウンド及びイベントプロデューサーとして日本の魅力を中国へ伝える。日本広告写真家協会正会員。日本旅のペンクラブ正会員。女性自立の会「FILLE」主宰。広中事務所 代表。
ブログ「本堂亜紀のPRESS通信」http://akihondo.blog.so-net.ne.jp/

最終更新:9/20(木) 14:01
ニュースソクラ

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