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49歳で聴力をなくしたミュージシャン、仕事も妻も失ったあとに得たものとは?

9/24(月) 5:00配信

DANRO

わたしは手話ができない。が、手話を勉強している友人の誘いで、ときどき手話サークルのイベントに参加させてもらっている。ろうの役者さんやろうの弁護士さんを招いての講演会はとても刺激的で、そのあとサークルのみなさんと一杯やるのがまた楽しい。あ、わたし、「瓶ビール」と「生ビール」の手話だけはできるのである。(金井真紀)

【写真】プロミュージシャンの頃の山口タケシさん

そのサークルで会長をしている山口さんのことは、以前から気になっていた。ろう者もいれば健聴者もいるサークルのメンバーたちをまとめているのだが、リーダーシップをがんがん発揮している気配はない。いつも穏やかに自由な風をまとっている。山口さんはかつてプロのミュージシャンだったという経歴を知り、なーるほど、縛られずに生きている雰囲気はそのせいかと納得した。

ん? ミュージシャン? そうだったのか……。

山口さんは長く音楽業界で生きてきた。だが49歳で突然聴力を失い、仕事を失い、妻に離婚を切り出され、ひとりになった。山口さんの朗らかな笑顔は、どん底を体験した人のそれなのであった。今回、ゆっくり聞かせてもらうことにした。

輝かしい少年時代

取材の数日前、山口さんから「個室のある居酒屋を見つけたので、予約しておきました」というメールが届いた。ありがたい、と気楽に受け止めたが、考えてみれば山口さんは電話を使うことができない。山口さんは会社の帰りにわざわざ街をめぐって、個室のある店を見つけて予約してくれたのだ。

個室にも訳があった。山口さんの左耳は、補聴器を入れると、わずかに音を拾うことができる。ただし、ひとつの音だけだ。複数の音が一斉に鳴ると、まったくわからないという。そのため取材は、個室の扉をピタリと締め切って、耳になるべく口を近づけて、ある意味とても親密な体勢でおこなわれた。それでも会話の途中、山口さんに何度も聞き返された。

「唇に紙を当てて声を出すとボワーッと聞こえるでしょう? ぼくには、金井さんの声があんな感じに歪んで聞こえるの。だからなるべく大きくゆっくりね」

「どんな、子ども、でしたか」

と大きな声で問うと、まぁ出るわ出るわ、山口さんの輝かしい少年時代のエピソード。小学校のときはサッカークラブで全国大会に行き、野球もうまくて、スケート場でお菓子のCMモデルにスカウトされて、卒業式の前日にクラスで一番かわいくて人気のある女子から告白された。

もちろん勉強もできて、中学・高校は私立の進学校へ。「国語と英語が好き」と言いながら、なぜか理数科コース。で、バンドを組んで、ベースを担当する。サディスティック・ミカ・バンドやクリエイションをコピーしまくり、女子大の学祭に飛び入り参加して大声援を浴びた……。

なんなんだ、この非の打ちどころのないスクールライフ! 青春てのは、もっとニガくてダサいもんだろう、ふつう! だいたいさぁ、なんでもできるってずるくない?

「いやぁ、なんでもできるわけじゃないけど、なんでもやりたくなっちゃうタイプなんだよ」

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最終更新:9/24(月) 10:46
DANRO

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