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【木内前日銀政策委員の経済コラム(25) 】 日本人はわかっていない 現金利用に国民負担は年16兆円

10/1(月) 12:11配信

ニュースソクラ

中央銀行デジタル通貨の発行を

 日本人は小口の決済に現金を利用することを最も好む国民だが、現金利用に伴う大きなコストを理解していない。

 日本では現金の流通額が名目GDPに対する比率は2割程度と、主要国の中で突出して高い。そのため、北欧諸国のように、現金が急速に減少することを心配するような議論は今のところ聞かれない。

 日本で現金利用が好まれる主な背景は、(1)個人情報に敏感で、取引履歴を他人に捕捉されることを嫌う日本人は、匿名性が完全に確保されている現金での決済を好む、(2)他国と比べて治安が良いため、現金を持ち運ぶことの不安が比較的小さい、(3)日本銀行が現金流通に万全を期しているため、どのような地域でも現金が不足する事態が生じにくく、また紙幣のクリーン度が高い、などだろう。

 日本では現金を決済に利用することに多くの人が不便を感じていないため、スマホ(スマートフォン)決済など現金以外での決済を拡大させる誘因が生じにくい面もある。

 しかし、そのように不便なく現金を使うことができる環境には、実は大きなコストが掛かっている。直接的なものでは、紙幣・硬貨を製造するコスト、それを保管、輸送するコスト、また現金を取り扱う人件費、現金を出し入れするATMの製造費及び維持費などが挙げられる。

 それらのコストは、日本銀行と民間銀行が負担しているが、最終的には現金の利用者に概ね転嫁されている。例えば、日本銀行については、現金に関わる経費の分だけ政府の歳入となる国庫納付金が減少する。それは見えにくいが国民の負担だ。

 米国で現金のコストを試算したものに、タフツ大学の研究チームによる調査がある。それによると現金のコストは年間2,000億ドル超に達するという。これは名目GDP比で1.2%にも相当する。

 この調査では、現金のコストを、家計、企業、政府の3つの部門に分けて、それぞれ推計されているが、政府にとってのコストは1,010億ドルと、個人や企業に比べて倍以上の大きさと見積もられている。その内訳には、硬貨や紙幣の製造・輸送などのコストに加えて、現金を利用した避税行為等による税収減も含まれている。

 名目GDPに占める現金発行額の比率で、日本は米国の2.5倍にも達していることを踏まえると、それを単純に上記の計算に当てはめた場合には、GDP比3.0%、16.5兆円ものコストが、日本で毎年発生していることになる。

 現金利用のコストは、さらに広い概念で捉える必要があるだろう。多くの国で現金、特に高額紙幣は犯罪に使われる。現金利用、キャッシュレスの遅れが犯罪の発生を促し、治安を悪化させている面があるとすれば、それは社会的コストと理解することができる。

 現金の利用については、衛生面での問題も指摘できるだろう。紙幣、硬貨を媒介にして感染病が広がる可能性や、それを利用したテロが発生する可能性も考えられ、これも広い意味での現金利用のコストだ。

 このように現金利用のコスト、あるいは機会損失を広い概念で捉えた場合、それは相当規模に及ぶ。逆に、現金利用を減少させるキャッシュレス化を進めることで、社会全体のコストを下げ、経済効率を高めることができる。その潜在力はかなり大きいのではないか。

 日本銀行は、国民が現金での決済を望んでいる以上、紙幣のクリーン度を高め、紙幣が全国に行きわたるようにすることが日本銀行の務めである、と考えているようだ。しかし、そのように現金の使い勝手を良くすることが、国民の現金選好をさらに高めている面がある。

 しかし、既にみたように、現金利用には多くの人が考える以上のコストが掛かっている。日本銀行は、現金利用のコストについても国民に丁寧に説明したうえで、政府と共にキャッシュレス社会の実現により積極的に取り組むべきではないか。その際には、中央銀行デジタル通貨の発行も選択肢となるだろう。

■木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。

最終更新:10/1(月) 12:11
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