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貴乃花親方が「一門」に入れないワケ  “ウィンブルドン現象”が背景に?

10/1(月) 19:00配信

FNN PRIME

列島に衝撃が走った貴乃花親方の引退表明。1日行われた日本相撲協会の臨時理事会で、退職と部屋の消滅が決定した。
30日放送の報道プライムサンデーでは、その背景にいったい何があったのかに迫った。

【画像】引退の理由に大きな影響与えた『ウィンブルドン現象』ってなんだ?


会見で「どの一門にも属することはできない」と、引退を決意した一因を語った貴乃花親方。
「一門」の歴史について取材を進めると、「一門」に貴乃花親方が入れない理由が見えてきた。そして、スポーツライターの青島健太氏が貴乃花親方と日本相撲協会との対立の根幹にあると掲げたのが『ウィンブルドン現象』。

ここから相撲協会が進むべき道が見えてきた。

かつては「協会」より重要だった「一門」

25日の記者会見で貴乃花親方は引退を決意した理由について、「一門」をめぐる相撲協会の新たな取り決めを挙げ、次のように説明した。

「すべての親方は一門に所属しなければならず、一門に所属しない親方は部屋を持つことができないという決定が(相撲協会理事会で)なされた。一門に入るための条件として、告発の内容は事実無根な理由に基づいてなされたものであると認めるようにとの要請を受け続けておりました。私はどの一門にも属することはできません」

貴乃花親方は、貴ノ岩への傷害事件に関する相撲協会の対応などについて、 内閣府に告発した内容は事実無根であると認めるよう、 相撲協会側から圧力をかけられたと主張する。
これに対して相撲協会の芝田山広報部長は「そのような事実は一切ないということであります」と否定した。

一門とは、大相撲における相撲部屋の集団のことで現在、高砂、出羽海、二所ノ関、時津風、伊勢ヶ濱の5つの一門がある。一方で、貴乃花部屋はどの一門にも属していない。相撲取材を50年以上している東京相撲記者クラブ会友の大見信昭氏は一門の歴史をこう語る。

「その昔は、力士たちは自分たちの生活権を守る為に、地方巡業を部屋部屋でグループを組んでやっていた。そのグループが発展して“一門”という形になった」

1958(昭和33)年頃までは、本場所はまだ1年に4回で、相撲協会からの収入が少なかったため、一門ごとに地方巡業を行なって生活資金を稼いでいた。1958年以降、相撲協会のもとで多くの改革が行われ、地方巡業も相撲協会のもとで行われるようになり、給料も相撲協会から支給されるようになった。

力士たちの生活資金を稼ぐ役割は「一門」から相撲協会に移ったが、今でも「一門」は残り、連合稽古は「一門」として行われ、冠婚葬祭は「一門」内で行われることが多い。

また「一門」にはもう一つ、重要な役割がある。
かつて相撲協会で「ガバナンスの整備に関する独立委員会」の委員をつとめた慶応義塾大学商学部の中島隆信教授は、「一門というのは今も力を持っていて、それぞれの一門から1人とか2人の協会の理事を出すわけで、政治家の派閥みたいなもの」と、説明する。

相撲協会の役員である理事10人は、親方による選挙で選ばれるが、2004年から理事選挙は3回続けて、ぴったりの10人が立候補し、無投票で選出された。一門内で勢力に応じた数の候補者を選んでいるからだという。

一方、長年貴乃花親方を取材してきた『夕刊フジ』編集委員の久保武司氏は、貴乃花親方がその流れを打ち破ったと語る。

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最終更新:10/2(火) 13:06
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