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新谷仁美、5年ぶりの復職 女子トラック種目92年ぶりメダルへ

10/6(土) 12:04配信

スポーツ報知

 規格外の女王が帰ってきた。2013年モスクワ世界陸上女子1万メートル5位の新谷(にいや)仁美(30)=ナイキTOKYO TC=が6月、約5年ぶりに現役復帰。7月には来年の日本選手権標準記録も突破するなど、2年後へ着々と準備を進めている。現役ランナーでは渋井陽子(39)=三井住友海上=、福士加代子(36)=ワコール=に次ぐ自己記録を持ち、若手とは一線を画す。再びの代表入り、そして1928年アムステルダム大会800メートル銀の人見絹枝さん以来、女子トラック種目92年ぶりの五輪メダルへ挑むその心境を、復帰後初めて語った。(太田 涼)

 勝負の世界から25歳の若さで離れた日本屈指のスピードランナーが、再び走り出した。5年のブランク。出産やけがではなく自分の意志で、それも全盛期に競技を離れ、これほどの長期を経て復帰したトップアスリートは聞いたことがない。スタートラインに立った理由を聞くと、いきなりの“新谷節”が飛び出した。

 「引退前も今も、走るのは嫌い。楽しいという感情は全くなくて…。好きなことが天職だなんてことは、珍しい。アスリートだって同じはず」

 13年モスクワ世陸で5位となったが、「全てを懸けた大会でメダルを取れなかった。“プロ”として失格」と、14年1月に引退宣言。以来、昨夏まではOLとして働いていた。

 「9時から18時頃まで、事務仕事がメイン。本当に世間知らずだったし、正直、陸上よりつらかった。ある意味、走る世界の方がぬるま湯。目に見える結果があって、はっきりしている。外の世界で目に見えないものに左右されるのは、自分の性格上、怖かった」

 その間も毎日300回の腹筋は欠かさなかった。だが、1歩も走ることはなかった。ジャージーもシューズも、日本代表ユニホームも捨てた。唯一残していた陸上用サウナスーツも出番はなかった。

 「食欲も落ちないし、今より10キロくらい太ってた。昨年7月頃から復帰に向けて動き始めたけど、最初は本当にダイエット。とはいえ、すぐに恥骨を疲労骨折して、本格的に練習を再開したのは今年に入ってから」

 それでも、順調に階段を上っている。復帰戦となった6月の日体大長距離競技会3000メートルは2位。スタートから先頭で展開するフロントランナーぶりは健在だった。7月のホクレンディスタンスチャレンジ深川大会では、5000メートルで日本人トップの15分35秒19。来年の日本選手権標準記録を突破した。

 「競技力が戻るか、不安はなかった。当時も別に世界一になったわけじゃないし、人よりも速く走ればいいだけのこと。考え過ぎちゃいけない」

 目の前のことに無心になれるのが新谷の強さだ。その真っすぐさを、最も発揮できるのが1万メートル。19歳で初マラソンとなった07年東京を制したが、トラック種目へのこだわりは―。

 「自分の集中力は30分が限界。じゃあ、マラソンは持たないからと言って、5000メートルじゃ戦うスピードがない。だから1万メートル。もちろん、1万メートルだって走りたくない。勝負できるなら5000メートルでも1500メートルでも、もっと短くてもいい。結局、勝負できて、自分の集中力が持つのは何だって考えた時に、1万メートルが一番近いのかなって」

 嫌いと言い切るものと向かい合うのは、好きなことに打ち込むことより何倍も難しいだろう。体脂肪率を4%にまで絞っていた引退前の姿を知る両親、特に母には、「そこまで身を削ってしないといけないの」と、反対もされたという現役復帰。しかし、もう引き返すつもりはない。きっぱりと言った。

 「一つ一つの大会で結果を出して、その先に東京五輪がある。走ることは大嫌いですけど、仕事なので」

 ◆“新谷節”&お騒がせメモ

 ▽脱走(10年7月~10月中旬) 結果が出ず精神的に不安定になり、実家で引きこもり生活。仲間の説得でチームに戻り、11年2月の千葉国際クロスカントリー女子8000メートルで優勝。

 ▽イケメンになら(12年6月) 陸連から打診を受け、ロンドン五輪は5000メートルに加え、1万メートルにもエントリー。「これからもすごい格好いい人に『1万メートル走ったら付き合う』って言われたら走ります」

 ▽モテ期到来?(12年11月) 東日本実業団対抗駅伝で3区区間新で優勝に貢献。「(3区は)最長区間。カメラに多く映れるなって。どこでモテ期が来るか分からないですからね」

 ▽そろそろ恋人が…(13年2月) 福岡国際クロスカントリーで女子初3連覇を達成し、「そろそろ恋人が欲しいな」。カラフルなネイルを見せ、「憧れ」というセクシーなタレントの壇蜜に引っかけて、「ジンミツで~す」。

 ◆新谷 仁美(にいや・ひとみ)1988年2月26日、岡山・総社市生まれ。30歳。総社東中で陸上を始め、興譲館高時代には2005年世界ユース3000メートル3位。卒業後は豊田自動織機に進み、佐倉アスリートクラブ、ユニバーサルエンターテインメントなどに所属。07年東京マラソン優勝。12年ロンドン五輪1万メートル9位、13年モスクワ世界陸上同5位。14年に引退も、18年6月現役復帰。自己ベストは5000メートルが日本歴代8位の15分10秒20、1万メートルが同3位の30分56秒70。

最終更新:10/7(日) 11:06
スポーツ報知