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異色の製造委託UMC社長に聞く「深セン進出が転機に、半年間は仕事来ず」

10/3(水) 13:03配信

ニュースソクラ

【ニュースソクラ編集長インタビュー】内山茂樹UMCエレクトロニクス社長(下)

 ――中国の深センに工場を設立されたのが飛躍のきっかけですね。

 確かにそうかもしれません。進出前に現地の中国のお客様や日系企業のお客様のところを回りました。皆さん、おっしゃることは同じで、品質に困っているとのことでした。だから最新鋭の設備を持ち、最高品質の製品を確保すると決心したのです。

 進出にあたり工場に、オムロンさんの画像検査機を導入しようと見積りをお願いしました。すると香港の社長の方から連絡がきて、お会いしたところ、ここでも品質をいかに工程の段階で保証するかということで話が持ちきりになりました。

 そこで機器を購入することと同時に、深センにトレーニングセンターとスペアパーツを供給する企業をオムロンに作ってほしいとお願いをしてみたのです。なんと了承をいただくことができ、これをきっかけに中国でモノづくりを始めることができました。

 ――どれくらいの規模で中国で開業したのですか。

 日本の5倍以上でしょうね。借りた工場の建坪が1万5000平方メートルで、従業員が3000人ほど入れる規模です。

 ――5倍とはすごいですね。社員の方々の反応はどうでしたか。

 自分自身は凄いプレッシャーを感じていました。もちろん反対されることもわかっていました。だから、日本の役員たちにはどんな工場を借りたのか一切伝えなかったのです。

 開所式の時に初めて見てそれは驚いたと思います(笑)。そういう時には、社長の息子というのは強いものです。リスクなきところに成長はありえないと私は思います。

 ――当時のお取引先は日本で取引のあった電子メーカーですか。

 いえ、日本で生産している商品は移管しないということで進出したのです。日本での仕事を中国の子会社が奪ってしまうのでは意味がないのです。ゼロからのスタートでした。中国に進出している日系企業さんからの受注で通したんです。

 半年間は全く受注出来ませんでしたが、ある時、リコーさんの事業企画室長と事業部長にプレゼンテーションをする機会をいただけました。一生懸命お話しをしたところ「お前にかけてやろう」と取引がスタートしたのです。それを皮切りに徐々に注文が入るようになりました。

 ――信頼を得る品質の高い製造現場を作り上げていった手法は何でしょうか。

 それはずばり、「人」だと思いますね。社長1人、営業1人、 単体で信用を得ても、会社の信用とは言えませんね。そこには社員の力の足し算が必要です。

 実はUMCでは中途採用に重点を置いています。現在一番多い出身業界はオーディオ業界です。その昔、世界を制していた企業の人材が力になってくれています。

 私のこだわりは、学歴、年齢を全く気にしないことなんです。60歳で採用し、65歳で常務にした人間もいるくらいです。

 昨年は中国の大卒を31人採用し、今年は60人採る予定でいます。ほとんどがエンジニアですが、優秀な人材をどうやって選んでいるかというと、それは学校のレベルではなく、貧乏な学生を選んでいます。中国社、中国人の方針なのです。その中心にいるのが本体の専務である中国人です。

 私はハングリー精神が成功の鍵だと思います。採用の方法も変わっていて、中国の責任者が直接学生に会いに行き、その場で面接して一本釣りで連れてきます。短期間で転職するのが中国では一般的ですが、有難いことに設立時に採用した優秀な従業員が10数年たった今でもUMCに残ってくれているのです。これがUMCの強さになっていると思います。

 ――富士通元社長の野副州旦氏を取締役会長にスカウトしていらっしゃいますね。

 もともと、富士通の鳴戸元副会長が無給でうちの社外役員を務めてくれたことが、そもそもの経緯です。私を「仕事の息子」と呼び、可愛がってくれていまして、その縁で野副会長と出会うことができました。

 また、じっこんであった日立製作所の桑原元副会長もご紹介いただき、社外取締役になっていただきました。おかげで大企業の経営を学べました。野副会長にもいろいろな方をご紹介ただいています。私は、人との出会いに本当に恵まれており運が良いのです。UMCで働く人こそが財産だと思っております。

 ――今後の事業展開について教えてください。

 UMCでは、ポートフォリオを大切にしています。創業の頃の経験から、ひとつの業界、1社のお客様に絞るのは非常にリスキーと考えています。今は車載と産業機器、OA(オフィス・オートメーション)の三本に力を入れています。

 車載の分野では今、産業革命が起こっていますね。EV(電気自動車)化によって新たな需要が生まれています。この潮流に乗るため、現在世界中に着々と拠点を増やしています。

 中国の東莞工場の拡張や、メキシコです。武漢やアメリカも検討しております。ここで「車載」の製品製造を19~20年度に計画しています。ただそれによって、昨年と今年は減価償却と人件費が収益を圧迫してしまいます。これがだんだん量産できるようになると利益になってきます。今は「玉込め」の時期なのです。

 LCAの分野でも、東莞工場やベトナム拠点でLCAの研究センターを大幅に拡張する予定です。今までは自社の効率化と新商品の量産のためのLCAでしたが、将来的にはLCAのシステムを製造機械を含め外部販売したいとも思っています。

 ――最後に内山さんにとって、社長とはどのようなものでしょうか。

 私は社長という仕事をマリオネットのようだと思っています。仲間の役に立ち、仲間の期待に応え、仲間の仕事がやりやすくする。社員の努力で今の会社がある。私が目標を決めると仲間が全てその絵を描いてくれるのです。私はつくづく人に恵まれている人間だと思います。今後も一丸となって、頑張っていきたいと思います。

■内山 茂樹(うちやま・しげき)1966年1月18日生。加賀電子に営業マンとして3年半勤務した後、1991年に両親と父の兄弟が創業した内山製作所(現UMCエレクトロニクス)に入社し、2000年に初の海外進出となる中国深センに工場建設。最新鋭の設備にトヨタ生産方式を導入しEMS(電子部品の受託生産)としての地歩を築く。UMCエレクトロニクスは売上高約7,000億円、EMSでグローバルTOP5入りの長期目標を掲げている。

■聞き手 土屋直也(つちや・なおや) ニュースソクラ編集長
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設。

最終更新:10/3(水) 13:03
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