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2020を機に、東京はどう変わるのか? ライゾマティクス齋藤精一が見据える「東京の街づくり」

2018/10/5(金) 18:34配信

みんなの2020

では、街づくりに関する情報共有ができていないという“マクロ“の課題に対してはどのように考えているのだろうか。

「先ほどお話したように、良くも悪くも僕の仕事は多岐にわたっていて、本当に多種多様の領域の人たちと関わる機会をいただいています。言語の違う人たちの間に入って、まずは最初に自分が翻訳し、それから共通言語をつくっていくことが必要になるかなと。それでみんなが同じ方向に向けるようになれば、その次のステップとして、それぞれの街が目指す姿に向けて実際に動いていくために、必要な規制緩和の前例をつくったり、必要な技術や経験を持っている人同士を引き合わせていく。せっかくオリンピック・パラリンピックという、みんなが一つになれるチャンスが来るわけですから、プロデューサーの一人として、そうしたことを意識してやっていきたいですね。むしろ東京2020を逃したら、日本が下降線をたどっていくのが見えているわけです......。今の東京には実証実験が圧倒的に足りません。言って絵を描くだけで終わっていることが多い。シンキングで終わるのではなく、どれだけアクションにつなげていけるか。それが今、自分にとって一番のチャレンジでもあります」

新宿御苑に新たな“ハレ“の日を

その齋藤氏が今、取り組んでいるチャレンジの一つが、冒頭の『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩(よあるき)』だ。このイベントと、これまでに話してきた街づくりはどう関連しているのだろうか?

「環境省のご厚意で新宿御苑を特別に使用させていただきます。近年、遊休資産をいかに有効活用していくかが国の施策として進められていますが、今回、行政と民間が一緒になって、新宿御苑を活用した大型文化イベントを開催します。僕はこの機会を『新宿御苑に新たな“ハレ“の日をつくる』という文脈で捉えていて、2020年とその先に向けてあるべき姿だと考えています」

一般人が夜の新宿御苑に入れるのは、年に一度、10月に行われる『森の薪能(たきぎのう)』を除けばほとんどない。そんな空間を民間であるカルチャー・ヴィジョン・ジャパンとライゾマティクス・アーキテクチャーがタッグを組んで、大型イベントで活用するのは、公共施設の新たな活用の仕方を世の中に対して提示することにもつながる。

「これまでに前例がなかったことなのでその調整は本当に大変だったと思いますが、環境省が文化に対してこうして道を開いてくれたというのは本当に素晴らしいことで、それ自体がレガシーといえると思います。今後も行政と民間が手を組んで、新しい取り組みを行っていく上でのケーススタディにもなると思いますね」

齋藤氏はこうした“マクロ“的な意義と同時に、“ミクロ“の視点からもこの施策には意義があると話す。

「2012年ロンドン大会の時にロンドン市長が、『オリンピック・パラリンピックの意義として、人々の運動をする機会が増加し、モチベーションが高まる』と講演していたことがずっと頭に残っていて、実際、プライベートセクターと組んで公園に新しい遊具をつくったり、トレーニング施設を建てたりしていました。一方で、日本の公園では、ボール遊びが禁止されていたり、なかなか自由に運動する場所がなかったりする。そう考えると、新宿御苑は都会の真ん中にあれだけ広大な土地があって、本当に美しい景観があるという他になかなかない場所ですよね。せっかく夜に開いていただけることになったのであれば、光と音によるインスタレーションを楽しんでもらいながら、運動ができる機会と場所をつくれないかなと考えたのが始まりです。でも本当に、単純に夜の新宿御苑なんてめったに入れる機会がないじゃないですか。そういうなかなかできない体験をしたいという軽い気持ちでいいと思いますので、ぜひ体験しに来ていただきたいですね」

2年後に迫った、東京2020オリンピック・パラリンピック。その参画の仕方はさまざまで、この『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩(よあるき)』を体験することもまたその一つといえるだろう。「面白そうだから」行ってみたら、気が付いたら参画していた。参画してみたら、いつの間にか東京2020が“自分事“になっていた。そんな機会をどれだけつくっていけるだろうか。挑戦は、まだ始まったばかりだ。

(2018年9月 取材・文:野口学 撮影:花井智子)

<プロフィール>

齋藤精一(さいとう・せいいち)
1975年生まれ、神奈川県出身。クリエイティブ集団「ライゾマティクス」代表取締役。
コロンビア大学で建築デザインを学び、卒業後はニューヨークでクリエイターとして活動を開始。2003年に世界最大規模の国際芸術祭「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」でアーティストに選出されたのを機に、帰国して2006年7月に株式会社ライゾマティクスを設立。

※この記事は「みんなの2020」で2018年10月に制作・掲載されたものです(取材:2018年9月)

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最終更新:2018/10/5(金) 18:34
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