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<北朝鮮>写真で見る「苦難の行軍」(1) 大飢饉の中で少年少女はどうやって生きていたのか(4枚)

10/7(日) 5:10配信

アジアプレス・ネットワーク

◆人口の一割、200万人以上が死亡か

「苦難の行軍」という言葉をご存じだろうか?

1995年からの数年間、社会混乱が広がった北朝鮮では、膨大な数の人が飢えと病と寒さで命を落とした。

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経済失政に加え、冷戦構造の崩壊によってソ連、中国などの社会主義圏から支援が途絶えた北朝鮮では、神格化された絶対独裁指導者・金日成(キム・イルソン)の死が引き金になって、あらゆる社会機能が麻痺した。

食糧配給制度が崩壊して、都市住民を中心に短期間に大量の死者が出た。筆者は200万人以上が命を落としたと推測している。

この朝鮮史上最悪の飢饉のことを、北朝鮮では「苦難の行軍」と呼んでいる。

その時、北朝鮮はどんな様相を呈していたのか? 何人かの勇気ある北朝鮮人が密かに撮影した映像と写真が、この時代のほぼ唯一無二のビジュアル記録である。シリーズで報告する。(石丸次郎)

←(クリックで拡大) 三人の子供が闇市場の露天食堂で食事をする男性の後ろで待ち構える。(次の写真へ) 1999年9月咸鏡北道の茂山郡にて撮影キム・ホン(アジアプレス)

←(クリックで拡大) ソバを食べ終わった男性が残り汁を少 女の持つビニール袋に入れている。 1999年9月咸鏡北道の茂山郡にて撮影キム・ホン(アジアプレス)

←(クリックで拡大) 裸足の少年が、ぬかるみの中に落ちたトウモロコシ麺のクズを拾い食いしていた。1998年10月江原道の元山市にて撮影アン・チョル(アジアプレス)