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運航データを反映する新制度 特集・JALパイロット訓練の今 第2回EBT編

10/8(月) 21:47配信

Aviation Wire

 日本航空(JAL/JL、9201)のパイロット訓練を取り上げる特集第2回は、世界で採用が進む訓練・審査制度「EBT(Evidence-based Training:証拠に基づく訓練)」を取り上げる。

 前回は、パイロット有志がデータベースで自分たちの能力を可視化し、技量を向上する訓練体系「JAL CB-CT」の構築に触れた。データベースソフト「FileMaker(ファイルメーカー)」を駆使し、パイロット自ら構築しているものだ。

 こうした操縦技量の可視化と並行して進めているのがEBTで、2017年4月に施行された国の新たなパイロット訓練・審査制度「CBTA(Competency-Based Training and Assessment)プログラム」を適用し、EBTを導入した。

 CBTAは、航空会社が主体となって訓練や審査の内容を考案したり、改善できる制度で、国の承認を受けることで新しい訓練や審査制度を導入できる。従来の制度は、国が定める要件に従い、訓練や審査を実施してきた。CBTAプログラムでは、航空会社が抱える課題に即したものが導入しやすくなり、JALでは機長と副操縦士のチームワークを重視した訓練などを取り入れている。

 CBTAやEBTとは、どういったものなのだろうか。前回お話を伺った運航訓練審査企画部訓練品質マネジメント室の調査役機長である京谷裕太さんと、広報部付担当部長を務める機長の鶴谷忠久さんに聞いた。鶴谷さんは、2010年の破綻後に本格化したJALのパイロット訓練改革を主導してきたメンバーの一人だ。

◆旧来制度の延長線上ではダメ

 「昔はちゃんとした操縦+最悪の状況で対応できれば、ライセンスをあげましょう、という考え方でした。しかし、旧来制度の延長線上ではもはやダメだと、世界的になってきています」と、鶴谷さんはCBTAやEBTを導入する必要性が高まってきていると説明する。

 JALでは、チームとしてのパイロットの業務遂行能力を高める「CRM(Crew Resource Management)」を1980年代から導入し、航空機事故の防止に役立ててきた。しかし、世界的に見ても、CRMのセミナーやシナリオを使った訓練だけでは、安全性をより高めていく上では限界が見え始めてきたという。

 そこで、各航空会社が自社で抱えている課題を訓練や審査に反映できるようにしたのがCBTAで、この枠組みの中で運用するEBTは、エビデンス(証拠)に基づいて構築した訓練・審査制度だ。

 エビデンスとなるものは、世界中の航空会社による実際の運航や訓練などで得られたデータだ。LOSA(Line Operations Safety Audit:運航便の安全監査)や事故・インシデント事例、フライトデータ、訓練データなどを分析し、訓練や審査の内容を練っていく。この時に、ボーイング767型機は第3世代、エアバスA350型機は第4世代というように、機種ごとにコンピテンシー(評価要素)を設け、機種の特性を反映している。

 「今のエンジンは壊れないので、エンジンフェイル(停止)を経験することがまずありません。しかし、これまでの訓練や審査は初期のジェット機の事故原因に基づくもので、飛行機が変わっているのに、訓練の進め方が変わっていないとも言えます」と、京谷さんは従来の訓練方法の限界を指摘する。

 新機種が登場すると、その機種に応じた訓練が行われているが、ベースとなる考え方は、長らくそのままだったと言える。

 京谷さんはEBTで重要な言葉を挙げた。「レジリエンス(しなやかさ)です。柳が強い風に吹かれても折れない、といったイメージですね。もう一つはブラックスワンへの対処。“黒い白鳥”はあり得ないですが、あり得ないことが起こった際にどう対処するかです」と、従来型のチェック項目をこなしていく訓練や審査では、対応能力を向上させることが難しい領域に踏み込んでいる。

 航空機の操縦が以前よりも自動化され、ヒューマンエラーにどう対処するかなど、機体の進化に合わせて、訓練や審査も変わる必要があるのだ。

◆評価される側も評価者も納得

 こうした新しい制度を構築できても、実際に運用するとなると、さまざまな課題が立ちはだかる。特に長年慣れた制度を切り替えるとなると、難しいものだ。

 「一番大きかったのは、教官とチェッカー(査察を担当する機長)が新制度に動いてくれたことですね」と、鶴谷さんは破綻後のパイロット訓練改革を振り返る。

 JALでは2010年1月19日の破綻を機に、資格維持以外の訓練ができなくなった。新人パイロットの養成は全面停止。訓練生として入社した人も、地上勤務に移らざるを得なくなった。一方、訓練が停止したことで、新制度に大きく舵を切ることができた。

 一連の新制度で、JALが重視している要素の一つが「ノンテクニカル」なものだ。ノンテクニカルとは、操縦技量以外の要素だ。機長との副操縦士が運航中に生じる課題に、チームワークで対処していくためには、操縦がうまいだけでは難しい。

 京谷さんは「ノンテクニカルなものは見えにくいです。標準化されていないものが多いので、教官たちからも『評価できるんですか』という声がありました」と話す。

 そこで、前回取り上げたデータベースで技量を可視化する、CB-CTを導入したことが役立った。「自分が下した評価の正当性も確認できます。一方で、評価者の教育がなされていないとダメですね」(京谷さん)と、CB-CTによって標準化が進んでいなかった項目も整理されていった。「可視化されたことは大きかったですね。評価される側も、評価する側も、データでわかりますから」(京谷さん)と、変化を実感する。

 鶴谷さんは、「コンピテンシーというと、数字で評価されるイメージで受け取る人もいたのですが、何度も話をして真逆だと理解してもらいました。新制度では、年齢が上とか、声が大きいということだけで通っていたものが、通らなくなりました」と、評価される側とする側の双方が納得のいくものに変化していったという。

 現時点で見えている課題を、京谷さんは「今まではタスクがどれだけできるかが主眼でした。今後はコンピテンシーを主眼に置き、能力やレジデンスを挙げていくことを重視して、ブラックスワンに対応できるようにしていきたいです。これが安全につながると思っています」と語った。

 EBTは航空業界だけではなく、パイロットと同じくチームで対処する医療分野からも注目されているという。

 次回は、米フェニックスで行われている実機訓練を取り上げる。フェニックスでは、プロペラ機だけではなく、小型ジェット機も使用され、2人のパイロットがチームで運航する能力を訓練初期段階から重視した「MPL(マルチクルー・パイロット・ライセンス)」に基づいた訓練が行われていた。

Tadayuki YOSHIKAWA

最終更新:10/8(月) 21:47
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