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<沖縄知事県民葬>「翁長さん目指した大きな木に」式辞全文

10/9(火) 20:40配信

毎日新聞

 8月8日に膵(すい)がんのため67歳で亡くなった翁長雄志(おながたけし)前沖縄県知事の県民葬で、後継として初当選した玉城(たまき)デニー知事が行った式辞全文は以下の通り。

 本日、菅義偉内閣官房長官をはじめ、ご来賓の方々のご臨席を賜り、ご遺族並びに県民多数のご列席を得て、ここに故翁長雄志元沖縄県知事の県民葬を執り行うに当たり、145万県民に代わり謹んで哀悼の意を表します。

 生ある者は必ず滅するとは申しましても、この度の突然の訃報に、私たち県民一同、いまだに信じられない気持ちであります。

 まだ67歳とお若く、県知事として更なるご活躍が期待されていた翁長雄志さんを、今ここに御霊(みたま)としてお迎えしなければならなくなったことは、誠に残念でなりません。

 『芯や天冠(てぃんか)みてぃ、枝(いだ)や國廣(くにふぃる)ぎ、根(ふぃじ)や地(じ)の底(すく)に、果てぃん無(ねぇ)らむ』

 「幹は天にも達し、枝は国中に広がり、根は地の底に果てしなく張り巡らされている」

 生前、翁長雄志さんは、毎朝、知事公舎にあるガジュマルの木の前で、根元に置かれた陶板に刻まれたこの琉歌を口ずさみながら、深呼吸することを日課とされていました。

 「この琉歌の木のように、誇りある豊かな沖縄にしたい。そして、自分自身も、この木のような存在でありたい」。そう、胸に刻みながら、県庁に向かわれていました。

 翁長雄志さん。あなたは本当に、この木のように大きな、大きな存在でした。

 翁長雄志さんは、終戦から5年後の昭和25年に、旧真和志村、現在の那覇市大道でお生まれになりました。元真和志村長の翁長助静(じょせい)氏を父に持ち、兄の助裕(すけひろ)氏も県議会議員を務めるなど、政治家一家に育ったこともあって、幼い頃から政治家になることを志し、那覇市議会議員に初当選した昭和60年から、本格的に政治の道を歩み始めました。

 那覇市議会議員、県議会議員を歴任された後、那覇市長として14年間、市民との対話を重視し、人と人とが支え合う「協働のまちづくり」にご尽力なされました。

 また、市長在任中、沖縄の歴史認識にかかわる教科書検定問題など、沖縄が断じて容認できないことについては、県民の心を一つにして国に訴えるため、多くの県民が参加した県民大会の先頭に立たれました。

 私も国会議員として参加したオスプレイの配備撤回を求める東京要請行動においては、沖縄県内の全ての市町村長と議会議長をはじめ、超党派の沖縄選出国会議員、県議会議員が参加しました。これらのオール沖縄の取り組みは、翁長雄志さんがいなければ、実現することはなかったでしょう。

 その後、沖縄県知事に就任してからは、「経済」「幸せ」「平和」の三つの視点から、沖縄の未来を切りひらくためのさまざまな取り組みを行いました。

 基地問題では、辺野古に新基地を造らせないことを県政運営の柱に掲げ、埋め立て承認の取り消しなど、あらゆる手法を駆使して新基地建設の阻止に取り組まれ、国と対峙(たいじ)しながらも沖縄の民意を強く訴え続け、多くの県民の共感を得ました。

 一方で、米国や国連に足を運び、沖縄に米軍基地が集中している現状を国際社会に訴えるとともに、全国知事会を通じて日米地位協定の改定を国に求めるなど、基地負担の軽減にご尽力なさいました。

 また、沖縄振興基本方針にもあるように、沖縄はアジア・太平洋地域への玄関口として大きな潜在力を秘めており、沖縄の持つ潜在力を存分に引き出すことが、日本再生の原動力となることから、「沖縄県アジア経済戦略構想推進計画」を策定し、アジアのダイナミズムを取り込むことで、入域観光客数の大幅な増加や、完全失業率及び有効求人倍率の改善など、経済面でも多くの成果を挙げました。

 さらに、「沖縄子どもの未来県民会議」を設立するなど、貧困の連鎖を断ち切るのは大人の責任であるとして、子どもの貧困問題の解消に心血を注がれました。

 翁長雄志さんは、沖縄県民が自ら持ってきたわけではない「基地」を挟んで、「経済」か「平和」かと、常に厳しい二者択一を迫られてきた沖縄の現状に終止符を打ち、県民が心を一つにしてさまざまな困難を乗り越えるため、イデオロギーよりアイデンティティーを大切にしていこうと訴え続けました。

 そして、県民一人一人が誇りある豊かさを手に入れることを真剣に考え続けていました。

 その強い思いは、私たちの胸の奥に、強く刻まれています。

 沖縄は、今まさに、東アジアの中心として世界に枝を広げ、人々を魅了してやまない伝統文化と多様な個性が輝く場所として根を張ろうとしており、翁長雄志さんの目指した大きな木になるため、一歩一歩着実に発展を続けています。

 我々沖縄県民は、翁長雄志さんの遺志を引き継いで、ウヤファーフジ(祖先)を敬い、自然を愛し、他者の痛みに寄り添うチムグクル(真心)をもって自立と共生の沖縄を創りあげ、生まれてくる子どもたち、明日を担う若者たちに、平和で豊かな誇りある沖縄を託せるよう、一丸となって努力し続けることをお誓い申し上げ、式辞といたします。

 うまんちゅぬちゃーが ちばとーみしぇーるしがた みーまんとーてぃ くぃみそーり(沖縄県民が頑張っている姿を見守っていてください)

 平成30年10月9日

 県民葬実行委員会委員長

 沖縄県知事 玉城デニー

最終更新:10/9(火) 21:51
毎日新聞