ここから本文です

時代築いた“黄金の左” 「憎まれ役」北の湖と対照的な「華」 輪島さん逝く

10/9(火) 20:24配信

産経新聞

 大相撲の第54代横綱、輪島大士(わじまひろし)=本名・輪島博=さんが亡くなった。

 輪島さんが横綱のときだった。外は晴天なのに師匠の花籠親方(元前頭大ノ海)が部屋から傘を差して出てきた。聞けば「驚いたよ。輪島が稽古してるんだ。こりゃ絶対雨が降ると思ってな」

 もちろん冗談だったが、それほど輪島さんは稽古嫌いで通っていた。

 石川・香島中から金沢高、日大と厳しい稽古で徹底的に鍛えられた。その貯金が十分過ぎるくらいで、目の色変えての稽古はさほど必要なかったのかもしれない。

 北の湖とともに一時代を築いた“黄金の左”。「下手投げ力士は大成しない」とのジンクスを一蹴したその下手投げは右から強烈にしぼり、相手の重心を持ち上げておいて、たたきつけるように打った。

 技もさることながら、負けても引きずらない陽気な性格も勝負師にぴったりだった。交際範囲も広く、付き合ったのは一流人ばかり。その輪の中で自分が飛び抜けた一流人になる、という願望がモチベーションになっていたようだ。

 憎まれ役だった北の湖とは対照的に「華」がありファンも多かったが、天性の人のよさに付け込んで寄ってくる人もいた。その性格が、自らの年寄名跡を借金の担保にする金銭面の失敗につながったのは残念だった。

 廃業後、プロレスに転向したが、大成はしなかった。苦労が続いたようだが、つねに前向きな姿勢を忘れなかった。協会に残っていたら、多くの関取を育て名伯楽と言われた師匠同様、短所は責めず長所を徹底的にほめあげて伸ばす、いい指導者になったかもしれない。ご冥福をお祈りする。(サンケイスポーツ特別編集委員 今村忠)

最終更新:10/9(火) 20:24
産経新聞