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【門間前日銀理事の経済診断(11)】 マイナス金利は魔法の杖ではない

10/9(火) 12:03配信

ニュースソクラ

キャッシュレスになっても変わらぬ真実

 2016年1月に日銀がマイナス金利政策を導入した際、多くの人が驚いた。慣れとは恐ろしいもので、日銀はいまだにマイナス金利を続けているが、多くの人はそのことをもはや気にも留めていない。

 マイナス金利がたいして話題にならない理由の一つは、それが人々の営みとは関係のない局所的な出来事に過ぎないからである。貸した金額が確実に減るとわかっていてお金を貸す人はいないから、常識的な意味で金利がマイナスになることはありえないのである。今観察されているマイナス金利なるものは、概ね次の3種類のうちのどれかに該当する。

 第一に、政策的に作り出されたマイナス金利である。まさに日銀のマイナス金利、すなわち中央銀行が市中銀行からの預り金に対してマイナスの金利を課す場合がこれに該当する。中央銀行が国債等を市場から買い取る時の利回りがマイナスになるケースも、この分類に含めてよいだろう。

 第二に、金融市場において、特定の債券や通貨がどうしても必要だという市場参加者が、高い借入料を払ってそれらを借りて来るケースである。詳しい説明は省くが、この借入料がある程度以上高くなると、それを金利で表現した場合にマイナスの数値で表現されることになる。

 第三に、銀行が大口預金に対してマイナス金利を課す場合であり、欧州の一部の銀行で実際に起きている。預金する側としても、大量の金融資産を現金で保管すればコストがかかるため、預金にマイナス金利すなわち手数料を払ってもよいと考える場合がある。

 つまり、現実に観察されるマイナス金利は基本的に、(1)「政策」によるもの、(2)「借入料」の言い換え、(3)「手数料」の言い換え、のいずれかである。このようにマイナス金利があくまで特殊な場合に限られるのは、常に金利がゼロである現金という金融資産が存在し、いかなる金融取引も最終的には現金との関係を意識せざるをえないからである。

 マイナス金利政策についても、現金との関係が意識される以上、マイナスにできる幅にはおのずと限度がある。それが厳密に何%かはわからないが、「事実上の下限(effective lower bound)」が存在するというのは中央銀行や学者の共通理解になっている。

 では、この下限を突破していくらでもマイナス金利を深掘りする方法は全くないのだろうか。筆者の思いつく限り、候補となる手段は二つあるが、いずれにも問題があり、金融政策として現実的な手段ではない。

 第一に、現在のように日銀が金融機関からの預け金にマイナス金利を課すのではなく、日銀が金融機関に貸出を行う時に深いマイナス金利を付けることである。金融機関がこれを原資にして貸出を行えば、企業も深いマイナス金利で借り入れができることになる。

 ただし、これは日銀から企業への補助金という性格が極めて強いものになる。補助金を負担するのはとりあえず日銀であるが、それを最終的に負担するのは納税者だ。だとすれば、これは金融政策ではなく、国会の議決を必要とする財政政策と考えるべきだろう。

 第二に、完全なキャッシュレス社会にし、電子決済手段にマイナス金利をかけてしまうことである。現金は物理的な制約から金利をゼロにしかできないが、これをすべて電子マネー、デジタル通貨などに置き換えてしまえば、原理としてはいくらでも深いマイナス金利を付けることが可能になる。

 しかし、完全なキャッシュレス化は、少なくとも近未来には実現しそうもない。また、仮に実現できたとしても、それに安易に金利をつけ、金利が常にゼロという金融資産を無くしてしまった場合、世の中は混乱に満ちたものになるだろう。

 現在われわれが例えば「3%」という金利を認識する際には、現金の金利はゼロだという事実を暗黙のうちに意識している。1000円の現金を持ち続けていれば1000円のままだが、それを誰かに貸せば1年後に1030円になる、という複数の選択肢の比較によって金利を認識しているのである。

 物やサービスの価格についても同じことが言える。去年1000円だったランチが今年は980円で食べられることになったとしよう。この場合、ランチが2%値下がりしたという認識は、去年の1000円札が今年も1000円として使えるという事実に支えられて成立しているのである。

 例えば、現金のない世界で、去年1000円として使えた電子マネーが今年は980円としてしか使えなくなった(つまりマイナス2%の金利が課された)としよう。この場合、ランチが980円になっても、電子マネー対比の相対価格は不変なので、これを値下がりだと思うと誤りになる。

 このように、お金に金利がつく(プラスでもマイナスでも)、つまりお金の額面自体が変化する世界では、他の金利や価格はすべて、お金の額面変化との相対的な関係として認識しなければならなくなる。経済活動が非常にややこしくなるだけであり、何のメリットもない。

 そもそも貨幣の存在理由の一つは、価値尺度として機能することである。金利が永遠にゼロ、すなわち額面が絶対不動の金融資産は、一つの社会に一つは必要だ。

 今後どれだけキャッシュレス社会が進展しても、マイナス金利という「魔法の杖」で金融政策の地平が広がることはないのである。

■門間 一夫(みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。

最終更新:10/9(火) 12:03
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