ここから本文です

還暦迎えたASKAが本格的に活動再開、「それまでの厄が全部落ちた」

10/12(金) 8:40配信

オリコン

 今年で還暦を迎えたASKAが、自身が選曲したベスト盤『Made in ASKA』を発売。2013年に活動を自粛し、2017年には再開。5年ぶりにファンの前に立つ、コンサートツアーも控えている。「それまでの厄が全部落ちた」と感じた病床で迎えた誕生日から、年齢を重ねたからこその変化、「本意ではないことが広がってしまうこともある」というブログについて、さらに“引退”への考えまで、じっくりと語った。

【最新動画】還暦で厄落とし、引退への思いまで赤裸々に語ったASKA

■手術のために病院で迎えた還暦の誕生日、「ここから自分が新しくなっていく」

――ベストアルバム『Made in ASKA』(10月17日発売)を拝聴してまず、還元とか帰還の“還”の文字が頭に浮かびました。時間や空間、様々なものがかえったりめぐったりするような。
【ASKA】それは、僕が今年還暦を迎えたことが大きいのかもしれない(笑)。僕、今年の2月24日、60歳の誕生日を病院で迎えたんです。盲腸がひどくなって腹膜炎を起こし、手術して。“還暦”という、一つの区切りになる年齢を病院で迎えた時、「あ、一周回ったんだな」と思った。それまでの厄が全部落ちた気がしました。ここから自分が新しくなっていくような、これから先は良いことしか起こらないような。そう信じて生きていけそうな気持ちになったんです。今度のアルバムのために書き下ろした「メリーゴーランド」という曲に関して言うと、今、月に一回のペースで地元の福岡に帰っていて、その度に小学校の同級生が集まってくれるんですが…。

――ずいぶん長い付き合いですね。
【ASKA】保育園からの仲間も来ますよ(笑)。60になって、口には出さなくても、プライベートも仕事もうまくいってる人もいれば、うまくいってない人もいると思う。でも集まったときは、みんな昔の小学生のまんまで会うんです。卒業してから今まで、俺たちはそれぞれに冒険してきたんですよね。地図も持たずに、それぞれの人生の旅をくぐり抜けて、ここに集まっている。彼らと会うと、今こうして一緒にいられることが冒険の答えなんだ、それでいいじゃないかと思えたんです。「メリーゴーランド」は、そんな気持ちから生まれた曲です。

■「大人同士のコミュニケーションがうまくできる人は成功して、できない人は孤独に」

――20、30代だったら書けなかった曲ですか?
【ASKA】20代前半は、“自分をよく見せたい”“しっかりしたアーティストに見せなきゃ”という意識がすごく強かったせいか、やけに大人びた歌を歌っていました。でもいつの間にか背伸びしていた場所に辿り着いて、追い抜いて。それからはすごく自然に曲を書いています。ポピュラー音楽って、人の喜怒哀楽を歌うことだと思うんだけど、どの世代にもどんな時期にも、喜怒哀楽は常にあるわけで。10代と50代で、表現の仕方が変わるだけですよね。僕ももっと年齢を重ねたら、喜怒哀楽がもっと研ぎ澄まされていくかもしれない(笑)。それはつまり“子供返り”なんです。

――年齢を重ねることで、感情が純化していく?
【ASKA】そうなんじゃないかな。だって、社会人になると、社会に順応するためにどうやって冷静でいるか、どうやって自分を隠していくか…大人同士のコミュニケーションをとる上では、すごく大切だったりするでしょ? それがうまくできる人は社会で成功して、できない人は孤独を味わう場面が多くなる。でも年齢を重ねると、そういう葛藤がどんどん減っていくんです。そして、社会との繋がりはどんどん希薄になっていき、上手く生きていくためのコミュニケーションも必要がなくなる。それが、子供返りだと思うんです。

■ステージが苦手で後悔、「なんでこんな仕事を選んでしまったんだろう」

――音楽やライブは、生きていく上でなくてはならないものですか?
【ASKA】楽曲を作ることは、昔からすごく好きでした。でも20代の頃は、あんまりライブが好きじゃなかった。あんなにやらされていたのにね(笑)。デビューして4~5年は、ステージに上がって歌うのが苦手で。「始まるぞ」って時に緞帳が上がっていくのを見て、(心臓の上を指して)服が鼓動でバクバク揺れてた(笑)。毎回、“なんでこんな仕事を選んでしまったんだろう”と後悔して。でも、あるときから変わりましたね。

――堂々と歌っていらっしゃるイメージでした。
【ASKA】そうなんです。ある時期を境に、「歌を聴いてください」という萎縮した感じから、「さあ歌うぞ、聴いてくれ!」という堂々モードに変わるんです(笑)。気持ちを切り替えさせてくれたのは、子供の頃からずっとやっていた剣道ですね。剣道の試合も、予選は注目度も低いしそれほど楽しくないんだけど、勝ち上がっていくと大勢の観衆が注目してくれる。そうなると俄然、燃えるタイプなんです(笑)。「俺は大丈夫だ」という自信があれば、ステージも怖くなくなる。たぶん、デビューから4~5年の間に、周りが自信をつけさせてくれたんでしょうね。自信は、自分でつけていくものじゃない。周りがつけさせていくものだから。

■「『コンサートをやらないか』と最初に声をかけてくださったのは、中国でした」

――11月5日から、5年ぶりとなるコンサートツアーが開始。以前のライブは2013年の春が最後。そこから活動自粛・再開を経て、多くのファンが首を長くして待っていたと思いますが、意気込みは?
【ASKA】そうですね。それはもう、任せてください!と言いたいです。

――しかも今回はオーケストラ公演。
【ASKA】「コンサートをやらないか」と最初に声をかけてくださったのは、中国でした。「日本でコンサートができないんだったら海外でやりなよ」と。それも面白いなと思って話を進めていたんですが、少し後になってビルボードクラシックスから話をいただいて。ライブって、どれが完成型とは言えないんですが、僕はどうしてもエンタテインメント性の高いライブに惹かれるところがあって…。シンプルなステージで、素の部分を曝け出していくほうが今の時代に求められているステージなのかもしれないけど、僕は終わるときに自分もお客さんもお互いに「すげえ楽しかった!」って思えるようなライブが理想。そういうステージには、エンタテインメント性が必要だと思っているんです。このオーケストラ公演も、時代に逆行して(笑)、豪華でリッチで壮大な、非日常空間にトリップできるようなステージになると思います。

――今年は月に1曲ネットで曲を配信したり、絶えず制作してるイメージですが、曲が出来ないことはないんですか?
【ASKA】あまりないです。できないのは詞! 一時期、曲のイメージはどんどん湧くのに、言葉がまったく出てこない時期がありました。でもここ数年は、1曲書くのに長くても4時間超えた詞はない。早いものは1時間半で終わります。僕は一生、詞で苦労すると思ってたから、まさかこういう時期が来るとは(笑)。

■感謝も謝罪も「裏で舌を出していたら、絶対に相手に伝わる」

――ASKAさんは、歌詞を大切に歌っている印象があります。
【ASKA】よく“言霊”と言いますが、本当にあると思う。今、みんなが文章を書くときは、パソコンで同じフォントを使っている。でも、同じ文章を書いていても、そこに込められた“思い”は絶対に相手に伝わる。御礼をメールで送るだけでも、本当に感謝したときと、そうでないときで伝わり方は違うんです。謝罪もそう。表面上は殊勝な言葉を使っていても、裏で舌を出していたら、絶対に相手に伝わる。歌も同じで、言葉を大切に歌わないと聴き手の心に風景は浮かび上がらないんです。以前、ステージをやっていて、自分の歌が吸い取られていくときと、跳ね返されるときがあって。一言一言、丁寧に歌うことを心がけているときは、ものすごく吸収されるけど、違うことを考えてたりすると、跳ね返ってくる。

――そういうものなんですね。
【ASKA】はい。それを身をもって体験しているから、歌詞や歌だけでなく、ブログでもインタビューでも、自分が発する言葉にはちゃんと心を込めています。ブログは、一部を切り取って「こんなこと言っているぞ!」と一部のメディアに取り上げられ、本意ではないことが広がってしまうこともあるんですけどね(笑)。でも、ブログがこんなに面白いと思わなかった。今までコミュニケーションツールの中にSNSはなかったし、むしろやらないほうがいいと思っていたくらいなのに(笑)。視点を変えればある意味“作品”でもあるし、ファンの人からのレスポンスも早い。もはやライフワークの一つになっていますね。

■「僕はまだまだ辿り着けていない」、チャゲアスへの思いも語る

――一昨年はSMAPが解散し、今年は安室奈美恵さんが引退。音楽シーンも変化を迎えています。
【ASKA】納得することができた人、辿り着いたと思った人たちが、引退を決意するんだと思います。もちろん、引退せざるをえない理由に直面する人もいるでしょう。僕はまだまだ辿り着けていない。「これがやり足りない」「もっとこうしたい」ばかりだし、自分の音楽がどんなものかも未だにわかってない。貪欲と言えば、貪欲なのかもしれません。これからも、ずっとわからないまま模索していくんだと思います。

――8月25日にCHAGE and ASKAのデビュー39周年について、ブログでコメントされていました。グループに対する今の思いは?
【ASKA】自分の大切な“軌跡”なので、愛情があって当然。CHAGE and ASKAがなければ、僕のソロ活動もありませんでした。ただ、2000年代に入ってからは、2人での活動がルーティーンになっているようで、何か違和感があった。そういう違和感って、ステージではお客さんに見透かされてしまうと思った。2009年に活動の休止を発表したのも、僕らの中では“突然”ではなかったんです。でも、いつかまたその時は来るでしょう。どのくらい先になるかはわからないですけどね。簡単にお伝えするならば、これまで「ソロ活動」という表現をしてきましたが、今では、「ソロアーティスト」という認識で活動しています。

(文:菊地陽子)

最終更新:10/14(日) 3:25
オリコン

あなたにおすすめの記事