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独創貫き「道なき道」を歩む ノーベル医学・生理学賞の本庶佑氏の研究哲学

10/14(日) 10:28配信

産経新聞

 がん免疫療法の開発でノーベル医学・生理学賞に輝いた本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大特別教授(76)。免疫のブレーキ役を発見して創薬につなげ、がん治療に光明をもたらした。これまでの取材や会見などでの言葉を通じて、研究者としての姿勢を伝える。

 ■研究 「絶対やれる」信念で解明

 免疫を抑えるタンパク質「PD-1」は、がんとは別の研究で偶然に見つかった。これが免疫のブレーキ役で、がんの治療に役立つと突き止めるまで、マウスを使って膨大な実験を繰り返した。治療薬「オプジーボ」として実用化したのは、発見から約20年後の2014年だった。

 「機能の解明が非常に難しかった。PD-1を働かせないようにしたときに出る症状が軽度だったので、時間がかかった。だが軽度だから副作用が少なく、薬として使える。絶対にやれると思った。信念というか、構造的に見てこれは重要な分子だと確信した」

 免疫学が専門だが、がんの研究も胸の内にあった。「大学在学中に同級生が(悪性度の高い)スキルス性の胃がんで、あっという間に亡くなった。がんは非常に大変な病気だ、少しでも貢献できればいいなと当時、かすかに思った」

 オプジーボで治療した患者から、感謝の言葉をもらうときが一番うれしいという。「何物にも代え難い大きな喜び。自分がやったことに意味があると実感でき、非常にうれしく思う」

 PD-1は、がんの治療をどう変えるのか。

 「英国のジャーナリストは、PD-1はがんにおけるペニシリンだと言っている。ペニシリンで感染症がなくなったわけではないが、その後、類似の抗生物質がどんどん見つかって、感染症を征服できた。PD-1から関連の治療法が次々と出てきて、がんは征服できるだろう。コントロールが可能になり、かなりのがんは完治できるだろうという展望だ。オプジーボは、がん患者の第一選択薬になっていくと思う」

 これまで治療が難しかったがんにも効果がある一方で、効かない人もいる。

 「基本的には全てのがんに効くが、効かない人をどうするかだ。より効かせるために、ほかの治療法との組み合わせの力が必要だ。効く人と効かない人の差が何によるのか、それを区別するものはあるのかということも大きな課題だ」

 ■哲学 好奇心が原動力

 人生最初の転機は大学進学時に将来の進路を決めるときだった。勉強はどんな科目もできたので、外交官、弁護士、医師のどれを目指すかで迷った。

 「(当時の)日本の国力では、外交官1人では国際社会で大きな役割を果たせない。弁護士は依頼者1人の役にしか立てないことが大半。医者なら、新しい発見をすれば何万人、何千万人もの役に立てる」

 京都大医学部に進学し、臨床医ではなく研究者の道を選んだ。人の役に立ちたいという気持ちと、好奇心がその原動力だ。

 「何のために研究をするのかといえば、知りたいことがあるから」。研究に大切なものは好奇心、勇気、挑戦、確信、集中、継続の6つだという。その集大成がPD-1だった。

 人のまねをせず、常に独創的な研究を貫いてきた。「ナンバーワンではなくオンリーワンになること」が独創への近道だという。その思いを専門誌『実験医学』に寄せた手記で、こう表現した。

 「研究者の醍醐(だいご)味とは、私にとっては誰も見向きもしない岩からのわき水を見つけ、やがてその水をしだいに太くし、小川からやがて大河にまで育てることである。また、山奥に道なき道を分け入り、初めて丸木橋を架けることが私にとっての喜びであり、丸木橋を鉄筋コンクリートの橋にすることではない」

 研究への姿勢は厳しい。「真実に対して厳しいのは当たり前。何が真実かを問う。厳しくないと世界と戦えない」。受賞決定後の会見でこう強調した。「論文に書いてあることを簡単に信じない」ことも大事だという。著名な科学誌のネイチャーやサイエンスに出ている論文でも「9割は嘘で、10年後に残っているのは1割。自分で確信できるまでやることが科学の基本」と言い切る。

 研究者を目指す子供たちには、こう呼びかけた。

 「何か知りたい、不思議だなと思う心を大切にすること。教科書に書いてあることを信じない。常に疑いを持ち、自分の目で見て、納得するまで諦めない。そういう小中学生に研究の道を志してほしい」

 ■基金 若手研究者を支援

 若手研究者を支援するため、オプジーボの特許料やノーベル賞の賞金などを使って1千億円規模の基金を京大に設ける考えを受賞決定後に明らかにした。基金は以前からの構想で、その狙いをこう語っていた。

 「若い研究者をサポートしたい。日本は国からの支援が少ない。国立大学の大学院生は年間五十数万円の授業料を払って、研究を終えたら収入もない。だから医学部を出て研究をやる人はほとんどいない。これでは駄目だ。例えばドイツは大学院の授業料はなく、環境が全く違う。若い人を教育して利益を得るのは国であり、国民だ。だから国が負担しなくてはいけない。国家の人材を育てることが国立大学の使命だ。国が支援しないのなら大学に基金を作る。PD-1は千に一つか万に一つのチャンス。それを生かして次の世代を育てたい」

 11日には関係閣僚を表敬訪問。平井卓也科学技術担当相には「研究者として熟成するには最低で10年かかる。大学院を終えて最初の5年間はものすごく不安定で、本人も自信がないし、周囲も分からない。そこをいかにサポートするかだ」と訴えた。

 柴山昌彦文部科学相には「科研費を増やすことが国の科学技術に大変重要だ。PD-1は薬として市場に出るまで22年。ぜひ辛抱強く支援してほしい」と基礎研究の充実を求めた。

 ■ゴルフ 「サイエンスに似ている」

 研究だけでなく、若い頃からスポーツや遊びなど多くのことに挑戦してきた。中でもゴルフは30代のときに留学先の米国で覚えて以来、やみつきに。全盛期のハンディは10。70代半ばを過ぎた今も休日はコースに出る。

 研究と共通点があるという。「同じゴルフ場でやっていても、雨が降ったか、草がどのくらい伸びたかなどで状況は毎回変わる。常に考えてやるところがサイエンスに似ている」

 京大の退職記念アルバムには、こう書いた。

 「ゴルフは最も理論的なスポーツのように思われる。その理由は相手が止まったボールであり、ほぼ100%物理の法則に従ってボールが飛んでいくということである」

 現在の目標は年齢と同じスコア76を出すこと。そのための筋力トレーニングと練習を欠かさない。

 人生の最期をどのように迎えたいか聞くと、こんな答えが返ってきた。

 「僕はゴルフ場で死にたい。2打目を打って、ボールがグリーンに乗ったと思ったときに、幸せな気持ちでパタッと死にたい」

最終更新:10/14(日) 10:28
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