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ウクライナ正教会、「盟主」ロシアから独立 東方正教会に分裂危機

10/14(日) 11:20配信

産経新聞

 キリスト教の三大教派の一つ「東方正教会」の権威を代表するコンスタンチノープル総主教庁は11日、トルコ・イスタンブールで主教会議(シノド)を開き、ウクライナ正教会に対するロシア正教会の管轄権を認めないとする決定を行った。イタルタス通信などが伝えた。ウクライナ正教会が求めていた露正教会からの独立が事実上、認められた格好だ。“正教会の盟主”を自任してきた露正教会は強く反発。露正教会にとって、下部組織と位置付けてきたウクライナ正教会の独立は権威や求心力の低下を招きかねないばかりか、自身の正当性さえ揺るがしかねない事態だ。正教会が分裂する恐れもあり、影響は広範囲に及ぶ可能性が指摘されている。(モスクワ 小野田雄一)

■クリミア危機が契機に

 露正教会は17世紀、ウクライナ正教会(中心はウクライナの首都キエフ)を下部組織とする決定を行い、以後、人事などの管轄権を持つと主張してきた。

 ウクライナ正教会は旧ソ連崩壊期までに、露正教会の権威を認めるモスクワ系と、立場を異にするキエフ系などに分裂。ウクライナ国内で最大の信徒数を持つキエフ系は、ウクライナ正教会の独立を主張したものの、露正教会に阻まれてきた。また、露正教会がモスクワ系だけを承認してきた経緯もあり、キエフ系は他国の正教会から承認されていなかった。

 しかし、2014年のロシアによるウクライナへの軍事介入を機に、ウクライナでは正教会独立の機運が決定的に高まった。今年4月には、反露路線を取るポロシェンコ大統領が、コンスタンチノープル総主教のバルトロメオ1世にウクライナ正教会の独立の承認を訴える嘆願書を提出した。

 これに対し、露正教会のキリル総主教も8月31日、バルトロメオ1世と会談。キリル総主教は「ウクライナ正教会は露正教会の管轄下にある以上、コンスタンチノープルにウクライナを独立させる権限はない」とする立場を伝えていた。

 しかしバルトロメオ1世は9月、2人の総主教代理をウクライナ正教会に派遣することを決定。これはウクライナ正教会に対する露正教会の管轄権を認めず、ウクライナ正教会の独立を認める意向の反映だとされた。ロシア側は反発し、コンスタンチノープルとの交流断絶を示唆していた。

 ■露の管轄権を否定

 露正教会は従来、自らをスラブ民族圏の正教会を代表する存在として位置付けてきた。また、正教会内において最大となる約7500万の信徒数を背景に、正教会内の主導権をコンスタンチノープルと競ってきた経緯がある。

 今回のシノドで、コンスタンチノープルは、キエフ系などを正式な教会組織と承認し、露正教会によるウクライナ正教会への管轄権を否定する決定を下した。

 インタファクス通信によると、決定を受け、ウクライナ正教会(キエフ系)トップのフィラレート総主教は11日、分裂した国内の教会組織を統合し、新たなウクライナ正教会を立ち上げる考えを示した。

 一方、露正教会は強く反発。「コンスタンチノープルとの交流を断絶せざるを得ない」との立場を表明した。正教会がロシア側とコンスタンチノープル側に分裂する恐れが出ている。

 外交関係者によると、ウクライナやコンスタンチノープルの動きの背後には、ロシアの国際的影響力を排除しようとする米国の働きかけがあったという。実際、米国務省のナウアート報道官は9月25日、「ウクライナの宗教的独立の動きを強力に支持する」などとする声明を発表している。

 ペスコフ露大統領報道官が11日、「ロシアは正教会を分裂させるいかなる動きにも同意できない」と話したように、問題は宗教の領域にとどまらず、国際情勢にも影響を与えそうだ。

■歴史的な経緯は…

 ウクライナ正教会の独立問題の背景や影響を深く理解するには、歴史をひもとく必要がある。

 スラブ圏での正教は10世紀、キエフを首都とした「キエフ大公国」のウラジーミル1世がギリシャ正教を国教として受容したことで始まる。キリストの弟子の聖アンドレアがキエフ地域で布教したという伝承もある。いずれにせよ、スラブ圏の正教の発祥地はキエフだとされてきた。

 スラブ諸国の間でロシアが勢力を強めるにつれ、スラブ圏の正教の中心はモスクワに移り、最終的に露正教会は17世紀末、ウクライナ正教会に対する管轄権をコンスタンチノープル総主教庁に認めさせたと主張してきた。こうした歴史が、スラブ圏における露正教会の権威を担保してきた。

 しかし、外交関係者によると、今回のウクライナ正教会の独立問題の最大の焦点は、この露正教会の決定が有効なものだったかどうかだったという。

 正教を国教としていた東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の首都だったコンスタンチノープル(現イスタンブール)は1453年、イスラム勢力の侵攻で陥落。以後、コンスタンチノープル総主教庁は正教内における権限を失ったものの、権威はなお保有していた。

 このため、ウクライナ正教会を管轄下に置くとした露正教会の決定がコンスタンチノープルによる完全な承認の下で行われたものではなかったとした場合、露正教会が主張するウクライナ正教会に対する管轄権は、根拠が揺らぐことになる。

 今回のシノドでも、この論理に基づき、露正教会による管轄権が否定されたものとみられている。

■影響どこまで?

 約1500万人の信徒を持つウクライナ正教会の独立により、露正教会は正教会内での影響力や求心力を失いかねない。さらに、露正教会が管轄しているベラルーシといった他国の正教会でも独立の機運が広がる可能性もある。

 さらに、プーチン露大統領は欧米的なリベラル主義に対抗して国民を統合する価値観として、国家や民族、宗教的伝統を重視する正教を活用してきた。しかし、スラブ圏の正教の権威的中心地であるキエフの喪失やコンスタンチノープルとの対立は、露正教の正当性をも揺るがしかねないもので、国民内に動揺が広がる恐れも否定できない。

 オーストリア・ウィーン在住のジャーナリスト、長谷川良氏は「ウクライナ正教会は、ユシチェンコ大統領時代の2008年にも、露正教会からの独立をコンスタンチノープル側に打診したが拒否された。ただし14年のウクライナ紛争後、状況が変化した。コンスタンチノープル側は、モスクワがバルカン半島の正教会を管轄下に置こうと画策してきたことに不快感を覚えていた」と指摘する。

 その上で「(キエフ系の)フィラレート総主教の背後ではポロシェンコ大統領が、(露正教会の)キリル総主教の背後ではプーチン大統領が動いている。ウクライナ正教会の独立は、政治的にも大きな影響を与えることが予想される」と分析している。

最終更新:10/14(日) 11:20
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