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植物状態と呼ばれる人の二割弱には、「意識」と呼んでよい状態が存在した―エイドリアン・オーウェン『生存する意識』養老 孟司による書評

10/14(日) 12:00配信

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◆人生そのものの意義に関わる

呼びかけに反応しない。身体もほとんど動かさない。むろん口をきくことはない。そういう状態で十年単位を生き延びる人たちがいる。以前は植物状態と呼ばれるのが普通だった。

こういう人たちは本当に「意識がない」のだろうか。意識に近いものがもしあるとすれば、それはどのような状態なのだろうか。意識はあるか、無いかという二分法で語れるものだろうか。だから著者はこういう状態をグレイ・ゾーンと呼ぶ。

著者は一九六六年イギリス生まれの神経科学者で、医師ではない。本書は著者のこれまでの仕事を、ほとんど自伝的に描いている。しかもそれが上の主題の追求の歴史に、そのままなっている。

私自身は身近でいわゆる植物状態の患者さんを経験したことがない。私が職業上で出会った人たちは、すべて亡くなっていた。ただその人たちの処置をしながら、処置によっては意識が戻るのではないかと、恐れたことがある。意識が戻らないことをどう確認すればいいのか。

著者の職業的な経歴は、そのまま生きている脳を探求する技術の進歩と並行している。最初はPETスキャン、次はfMRIスキャンである。こうした技術は、脳の活動している部分が多くの酸素を消費し、したがってその部分に多くの血液が流れることを利用している。つまりある状況で、脳のどの部分が活動しているか、それを知ることができる。さらにいまでは脳波の知見が併用される。コンピュータによる解析が進んだからである。脳波は神経細胞群自体の電気的活動を計ることをある程度は可能にする。

こうした技術を利用することで、著者はグレイ・ゾーンにある患者さんの二割弱に、意識と呼んでよい状態が存在していることを示した。これまでにもそうした疑いは十分にあったが、それをほとんど議論の余地なく実証したのが著者の業績である。このことは欧米のマスコミでも大きく取り上げられた。

グレイ・ゾーンの患者さんたちは、仮に意識があったとしても、質問にイエス、ノーで答えることはむろんできない。口がきけないのだから当然である。ではどうすればいいのか。テニスをしているところを想像してみよう。たとえば健常者にそういうお願いをして、fMRIで観察をする。そうすると、脳の決まった一部が例外なく活性化する。口のきけない患者さんでも、同じお願いをすれば、意識があれば、同じ応答が脳から返ってくるはずである。一部の患者さんでは、現にそれが返ってきたのである。

それなら「痛みがありますか」と質問して、あればテニスをしているところを想像してください、と訊(き)けばいい。想像してくれれば、脳の決まった部分が活性化する。これが患者さんのイエスという返事になる。

こうした研究は患者さんの治癒にはまだつながらない。でもこうしたことが「わかる」ことは、第一歩である。同時にいくつもの悩ましい問題を引き起こす。患者さんにこういう状態で生きていたいですか、と訊くことも可能だからである。むろん生きていたいと答える患者さんが多数だという結果も得られているという。

著者は「あらゆる人生の価値を肯定する」という。小学生が自殺する国で、これをはっきり言える人があるだろうか。意識を主題とする研究は、人生そのものの意義に関わらざるを得ない。著者はいわばごく素直に、その道を歩いてきた。それが本書を単なる科学書ではない、素晴らしい作品にしているのである。

[書き手] 養老 孟司
1937(昭和12)年、神奈川県鎌倉市生まれ。1962年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年東京大学医学部教授を退官し、2017年11月現在東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』『形を読む』『唯脳論』『バカの壁』『養老孟司の大言論I~III』など多数。

毎日新聞 2018年10月7日掲載

養老 孟司

最終更新:10/14(日) 12:00
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