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不登校のその先へ 経験者として問いかける「その授業必要ですか?」

10/14(日) 11:07配信

BuzzFeed Japan

10年間の不登校を経て、起業家として活躍する小幡和輝さん(24)インタビュー後編は、様々な事業を軌道に乗せ、かつての自分のように不登校に悩む子どもの支援を始めた道のりを伺った。
【BuzzFeed Japan Medical / 岩永直子】

初の主催イベントは大失敗

1年ほどライブイベントの運営を手伝って高校3年生になると、今度は自身でイベントを主催したくなった。

「街の魅力を考えるワークショップをやったのです。僕はそもそも日本文化や地域の歴史が好きで、戦国時代の歴史への興味からゲームも始めました。僕の住んでいる湯浅町は、街の一部が伝統建造物に指定され、醤油発祥の地であるなど、歴史的資産がいっぱいある。そういう街で生まれ育ったことが影響しています」

その頃、地域でお祭りを運営している人たちと出会った。普段は会社や自営でそれぞれの仕事をしている人が、自分たちの住む街のために毎年ひと肌脱ぐ。

「自分たちのまちを自分たちで作っていくという姿がかっこよかった。でも僕らの世代はどう考えても興味がなさそう。だから、地域のイベントに興味を持つ10代を増やしたくて、まちの魅力を高校生で考えるワークショップを開くことを思いついたんです」

アイディアは浮かんだが、実現する方法がわからない。

高校の担任に相談してみると、彼はたまたま和歌山大学時代、地域おこしの市民活動をしている人だった。アドバイザーになってもらい、ちょうど若者による地域活性化事業に予算をつけた和歌山市が10万円の補助金を出してくれることも決まった。

人の縁や運に恵まれ、順調な船出のはずだった。

「ところが当日ふたを開けてみると、集まったのは3人だけ。辛いのは補助金を出してくれた和歌山県の担当者がみんな見学に来ていたことです。情けなくて、本当に泣きましたよね」

リベンジ誓い成功体験、起業して高校生社長に

悔しいから、数ヶ月後、もう一度同じイベントに挑戦した。今度は確実に参加者を集めるため、ツイッターやフェイスブックで和歌山に住む高校生らしきアカウントに片っ端からメッセージを送った。親世代にも「子供を参加させてください」と、数千人は送ったと振り返る。

「とにかく声をかけまくるしかないと頑張ったら、今度は50人が集まったんです。汚名返上です。負けず嫌いなんですね。それが初めての成功体験でした。楽しくて、これをずっと続けたい、仕事にしたいと思いました」

2か月後の翌年2月1日には、イベント制作会社「和―なごみ」を設立した。和歌山の和、自分の名前である和輝の和、そして、高校2年生の時に初めて手伝ったイベントの名前が「なごみ」だった。高校3年生でついに社長になった。

誰かが喜んでくれて、人がつながるイベントをやりたいーー。

カフェの空き時間を会場として使わせてもらい、社会人からギターアンプやドラムセットなど本格的な音楽機材を借りて、高校生が気軽に自分たちの音楽を発表できる場を作った。

「でも相手は高校生なので300円や400円の入場料で100人集めても売り上げは3、4万円。若干の経費もかかり、結局手元に残るのは1万円ぐらいで、月収1万円じゃあかんだろとさすがに危機感を持ちました」

その頃には、高校生社長としてメディアにもてはやされ、講演も頼まれるようになっていた。しかし、本業よりも講演料の方が、収入が多い。

「高校在学中に1回ぐらい成果を出さないと、会社を作っただけになってしまうな、他の人があっと驚くことをしたいなと思いました」

2014年1月、定時制高校4年生で卒業までにあと2ヶ月の余裕しかなかった。

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最終更新:10/14(日) 11:07
BuzzFeed Japan