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九州の秘境で続く”究極の有機農法” 1戸だけが担う世界遺産、伝える94歳の語り部

10/15(月) 15:01配信

qBiz 西日本新聞経済電子版

 九州のほぼ中央部に位置する、宮崎県椎葉村。ここでは日本で唯一、原始的な焼き畑農業が続いている。ルーツは縄文時代とされ、2015年には世界農業遺産にも登録された。

【画像】1976年ごろ、木の枝の光に火をつける椎葉クニ子さん。焼き畑は脈々と続けられてきた

 この焼き畑農業を脈々と営んでいるのは、1戸の農家だけだ。

 福岡市内から車で約4時間かかる椎葉村の中心部から、さらに山あいの狭い道路を走ること約1時間。標高約900メートルの山中に「民宿焼畑」と木の看板がかかった一軒家がある。

 ここに暮らすのが、伝統の焼き畑農業をしながら民宿を営む椎葉勝さん(65)の一家。そして焼き畑の「語り部」として知られるのが、勝さんの母、クニ子さん(94)だ。

<これより、このヤボに火を入れ申す>

 クニ子さん、今でこそ息子たちの作業を見守ることが多いが、自身も約70年にわたって毎年、焼き畑を続けてきた。

 秘境のようなこの地に、国内外から来訪者が絶えない。クニ子さんも、かつてはさまざまな場所に招かれて焼き畑について語ってきた。「今はこげんして家におるけど、日本中さんざん行ってね。韓国にも行って。あっはっは」

 世界農業遺産に登録されてからは、椎葉への来訪者が増えたそうだ。「もともとたくさん来とったけど、世界遺産になってようけ来るようになった」

 なぜ、椎葉の焼き畑が注目されるのか。それは、持続可能な山間地の農業として機能しているからだ。

 椎葉家の焼き畑は、8月上旬に火入れをして木や草を燃やした後、4年間作物を育てる。1年目はソバ、2年目にヒエかアワ、3年目にアズキ、4年目はダイズ。

 その後は実に数十年にわたって畑を放置して徐々に雑木林に戻し、地力が回復してから再び焼き畑にする。一連のプロセスに肥料や農薬は一切使わない。「輪作」と「遷地」によって、地力の低下による生育不良や連作障害を防いでいる。

 <山野を焼くことにより、土の中に窒素やリンを増やして栄養分を高めると同時に、害虫や病原菌も排除され、無農薬栽培が可能になるという究極の有機農法>。椎葉村に通ったジャーナリスト上野敏彦氏は著書「千年を耕す 椎葉焼き畑村紀行」でそう評している。

 耕作期間を区切って雑木林に戻すのは、自然から土地を一時的に使わせてもらう、という「山の民」の思想の現れでもある。火入れの前には、必ず唱える言葉がある。

 <これより、このヤボ(やぶ)に火を入れ申す。ヘビ、ワクド(カエル)、虫けらども、早々に立ち退きたまえ>
 <山の神様、火の神様、お地蔵様、どうぞ火のあまらぬよう、焼き残りのないよう、お守りやってたもうれ>

 まさに、「山と共に暮らす」――。ただ、手間がかかって土地も必要な焼き畑を長年にわたり続けるのが難しいのは、想像に難くない。かつて宮崎県西北部の山村ではあちこちで焼き畑が見られたそうだが、今、継続しているのは椎葉家だけになった。なぜ続けるのか。

 その答えは、クニ子さんの言葉を借りれば「そうせんと生きていけんのだから」ということになる。

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