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赤ちゃんの死は「負け」じゃない。NICUに流れる濃密な時間

2018/10/16(火) 10:23配信

BuzzFeed Japan

お腹の中で赤ちゃんが育たなかったり、生まれて間もなく亡くなったりすることがある。医学が進歩しても、医療者が手を尽くしても、家族が祈り続けても、救えなかった命がある。その現場で、赤ちゃんにこう語りかける医師がいる。「生き切ったね」と。【BuzzFeed Japan / 小林明子】

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神奈川県立こども医療センターは、1992年に日本で初めて小児専門病院に産科が設置された基幹病院で、高度で専門的な医療を提供する「総合周産期母子医療センター」にも指定されている。この小児病院のNICUには年間400人の赤ちゃんが入院し、およそ30人の赤ちゃんが命を終えている。

出産の幸福や祝福のオーラに隠れた、知られざる悲しみの現場。著書『産声のない天使たち』(朝日新聞出版)で赤ちゃんの死をルポした週刊誌AERA記者の深澤友紀さんと、このセンターを訪ねた。

命日に家族で戻る場所

横浜市の京急弘明寺駅からバスで10分ほど。広大な敷地にあるセンターの建物に入ると、自然光が入るフロアで多くの親子が順番を待っていた。車椅子に座った子、人工呼吸器をつけている子。壁には、ちょっとした穴蔵風のデザインが施されており、その中で本を読んでいる子は隠れ家にいるように見える。

新生児科の横の長椅子に腰かけていた家族がいた。新生児科部長の豊島勝昭さんをずっと待っていたのだという。この日は、3年半前に生まれたしゅんたろう君の命日。生まれてすぐに染色体異常が見つかり、NICUで治療を受けた後、自宅で6カ月半の間、家族と過ごした。

お姉ちゃんがしゅんたろう君の写真やおもちゃを抱え、母親に抱っこされた弟とともに、豊島さんに会いにきたのだ。豊島さんの顔がほころぶ。一緒に座り、しゅんたろう君の思い出を語り始めた。

しかし、こんな光景はどこでも見られるわけではない。赤ちゃんを亡くした多くの家族にとって、つらいお産やお別れをした病院は二度と足を向けたくない場所になってしまうことが少なくないからだ。

深澤さんの取材では、赤ちゃんを亡くした悲しみに加えて、周りの対応によって傷ついた家族がたくさんいた。

死産した赤ちゃんが「未滅菌」のシールが貼られたトレーに載せられていた。一度も抱っこできないまま火葬されてしまった。医療者や親族、友人らに配慮のない言葉をかけられたーー。つらい体験を語ってくれた人たちは「無知が人を傷つける」「赤ちゃんの死について知ってもらいたい」と切に願っているという。

『産声のない天使たち』で紹介したこの神奈川県立こども医療センターは、リスクの高い出産を多く受け入れているぶん、命を救うことだけでなく、家族の時間や過ごし方にも配慮している。赤ちゃんの病気や死とどう向き合うのか。周りはどう支えるのか。深澤さんと豊島さんに語ってもらった。

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最終更新:2018/10/16(火) 11:45
BuzzFeed Japan

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