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車輪と履帯の「ハーフトラック」が消えたワケ 良いとこどりのはずがなぜハンパに?

10/21(日) 11:12配信

乗りものニュース

始まりはロシア皇帝の「冬のおもちゃ」

 2018年現在、日本の道路舗装率は高いので、自動車を運転していても悪路の走破を気にする必要はほとんどありません。しかし、おおむね年に数回は東京でも雪が積もります。すると、とたんに立ち往生するクルマで交通は麻痺し、タイヤが悪路に弱いことを思い知ります。

【写真】バイク+履帯=「ケッテンクラート」!

 自動車の黎明期、まだ舗装道路もほとんど無かったころ、雪原や砂漠を走るには、タイヤの自動車ではスタックしたりスリップしたりと苦労が尽きませんでした。やがて、フランス人の自動車技師であるアドルフ・ケグレスがスリップ、スタックしないクルマということで、自動車の後輪を履帯(いわゆるキャタピラー)にすることを思いつきました。これがハーフトラック(半装軌車)の始まりです。クルマの後ろ半分がトラック(track)、すなわち覆帯なので「ハーフトラック」と呼ばれます。ちなみにクルマのトラックは「truck」と綴る別の単語です。当時覆帯は、低速のトラクター用としてはすでに実用化されていましたが、これを自動車と組み合わせる発想はそれまでありませんでした。

 ケグレスは20世紀初めにロシアで自動車技師として働いていましたが、雪の積もる長い冬には自動車は全く使い物にならず、王侯貴族の「夏のおもちゃ」でしかないことが不満でした。そこでケグレスはロシア皇帝に、冬でも使えるハーフトラックのアイデアを提案します。ロシア皇帝の専用自動車の後輪をゴム製の覆帯に交換したのですが、これが大成功で、雪のなかでも走れるようになりハーフトラックは「冬のおもちゃ」になったのです。

 その後フランスのシトロエン社がケグレスのアイデアを本格的に採用し、ハーフトラックを「おもちゃ」から実用車に発展させました。シトロエンのハーフトラックはPRとしてサハラ砂漠などの探検に使われて有効性が認められ、各国の軍隊も購入しました。

中途半端なので有効だった

 戦車やブルドーザーのような覆帯の車を装軌車、タイヤの車を装輪車と呼びますが、装軌車は車輪をぐるりと廻っている重い覆帯を動かすため走行抵抗が大きく、強力なエンジンや複雑なトランスミッションが必要になり製造には高いコストが掛かり、メンテナンスにも手間が掛かります。燃費も悪く、また故障しやすく、速度も遅かったのですが、しかし悪路の走破性は優れています。一方装輪車のメリットは装軌車の反対です。

 タイヤと覆帯を合体させたハーフトラック(半装軌車)は両方のメリットを「それなりに」いいとこ取りしたもので、それなりに速度が出せて走破性も優れており、装軌車よりは構造も簡単なのでコストも手間も比較的掛からない、運転もハンドルでできる、「中途半端でちょうど良い」ことが特に軍用車として広く普及したわけです。

 アメリカ軍のM3ハーフトラックやドイツ軍のSd.Kfz.251などが有名で、大量に生産されて各地の戦場で使われました。なかにはドイツ軍のSd.Kfz.2(ケッテンクラート)のように自動車ではなく、オートバイと合体させたような異形も登場しています。それだけ戦場で役に立ったということです。

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最終更新:10/23(火) 16:13
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