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【菊花賞・後記】フィエールマン“快挙尽くしV”のウラに手塚魔術

10/22(月) 21:55配信

東スポWeb

 21日、京都競馬場で行われたクラシック3冠最終戦の第79回菊花賞(芝外3000メートル)は、7番人気のフィエールマン(牡・手塚)が2番人気エタリオウとの競り合いを制して優勝。4戦目での菊花賞制覇は優勝馬の最少キャリアだ。また、3か月以上の休み明けで菊花賞を制したのは1987年サクラスターオー以来、31年ぶり。様々な快挙の背景には陣営の緻密な調整過程があった。レース後の取材から偉業達成の背景に迫る。

 フィエールマンのキャリアは今回でまだ4戦目。これは優勝馬として最少のキャリアで6戦目でもわずか2頭しかいないレベルだが、例えば87年のサクラスターオーと大きく違うのは、骨折などの影響で休まざるを得ない“理由”�がフィエールマンにはなかったこと。

 デビュー勝ちは1月28日の東京。クラシック路線には十分に間に合う範囲だが、次走は4月14日の山藤賞。その次は7月1日のラジオNIKKEI賞(2着)だった。

「春は走りに体力が追いつかず、自分の体力以上に走ってしまったのでレース後の回復に時間がかかった。特にラジオNIKKEI賞の時は暑かったので使った後のダメージが大きく、ガクッと体重が減った。賞金は加算できたし、菊花賞への出走はできそうだったので、早い段階でトライアルは使わないと決めました」と当時を述懐する手塚調教師。馬に合わせたローテーションと表現するのは簡単だが、浅いキャリアだけではなく3か月半ぶりの実戦と1200メートルもの距離延長。不安はなかったのだろうか?

「その分、普段から長めを多く乗ったり、反応面を確かめたり、春よりも強い調教を積んでいたので」と同師。その取り組みは「プラス4キロという数字以上に体を大きく見せていた」という菊花賞当日のパドックに結びつく。レース前から指揮官は確かな手応えを感じていたそうだ。

「勝負どころで待たされ、スムーズだったミルコ(デムーロ)のエタリオウとは3~4馬身ぐらいの差があった。でも、この馬のほうが切れ味があった」とは手綱を取ったルメール。先に抜け出したエタリオウを捕らえ、懸命に盛り返してくるライバルをねじ伏せたレースはキャリア4戦目とはとても思えない。それを可能にしたのは異例のローテーションを選択し、このパフォーマンスを発揮できる状態に導いた陣営の手腕だろう。

「消耗が大きいレースをしたので、それをケアしてから」と手塚調教師は今後について明言を避けたが、わずか4戦目でGI制覇を成し遂げた逸材。次走でも菊花賞馬として恥ずかしくないパフォーマンスを見せてくれることだろう。使い込めるようになれば、一気に国内制圧という状況に持っていけるかもしれない。

最終更新:10/22(月) 21:58
東スポWeb

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