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『ガンダムUC』福井氏を形作った「宇宙」と「SF」作品とは? 著名クリエイターたちが『ヤマト』や『スター・ウォーズ』から最新作までを語る【福井晴敏×小倉信也×イシイジロウSF対談】【2/2】

10/25(木) 11:30配信

電ファミニコゲーマー

■設定考証という仕事

──そういったキャリアから設定考証の仕事を始めたきっかけは?

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小倉:
 独立前、オガワモデリングで富士急ハイランドの『GUNDAM THE RIDE』というアトラクションの仕事をやっていたんですよ。そのときにガンダム事業部長だった堀口滋さんに「やたらガンダムと宇宙に詳しい奴がいるじゃないか」と覚えていてもらっていて、そのあと独立時、プラネタリウム用の『グリーンダイバーズ』という映像企画が2001年の夏に始まるにあたって、「SF的な設定は既にあるんだけど、いざ大気圏突入する時にどんなことになるのかちゃんとわかる人がいない」と。

 それで呼ばれて、大気圏突入に詳しいかどうかを聞かれて「できる」と言っちゃってから、後で必死で調べて(笑)。なんとか仕事に通用する資料を提出できたから「できるじゃないか」って認められて、以後こういう仕事をやることになりました。

──比率として絵を描くお仕事と、それ以外のお仕事は?

福井:
 いや、そうじゃなくて「この設定はこうです」と図解で示すことが小倉さんの特性なので。

──なるほど。

イシイ:
 設定考証の人は文章+参考画像という人が多くて、それでも成立するんですけど、小倉さんは絵を描いてくれるのがすごくありがたいですね。

DMM GAMES担当者:
 たとえば星の位置関係をイラストに起こしていただいたり、「シナリオ上は現在地がここになるから、実際の宇宙ではだいたいこれぐらい離れてるよね」というシナリオとのつじつまを考えていただいています。

──ゲームの形式としては戦闘の合間にストーリーが挟まれる形ですか?

イシイ:
 そうです。基本的に宇宙の旅の孤独みたいな話になるんですよ。プレイヤーは地球人類なんですけど、超文明にもらった技術で亜高速の宇宙船に乗ってしまったがゆえに、旅立った瞬間、地球が滅亡するぐらいの未来に行っちゃうんですよ。

福井:
 プレイヤーはひとりで乗ってるの?

小倉:
 そうです。で、帰れないというより、帰っても滅亡した地球しかない。

福井:
 時間はさかのぼったりできない?

イシイ:
 さかのぼる方法を探さないといけない。

福井:
 なるほど。

イシイ:
 恒星少女にしても敵にしても、超次元の存在になってしまっているから、現実の物質宇宙に干渉できないんですよね。

 だから代わりにプレイヤーがいろんな文明の秘密をかき集めて、敵を倒す謎を解いてくれと託される。ということで恒星少女と敵の反知性体が超次元で戦いながら、プレイヤーは宇宙を旅していろんな恒星の古代文明の秘密を旅しながら探っていく。ざっくり言うとそういう流れです。

小倉:
 (小倉氏作成の設定イラストを見つつ)これとかは、超古代文明のダイソン天体で、しかも中心にあるのは普通の恒星じゃなくて、超高密度で超重力な白色矮星ですね。

イシイ:
 超重力の白色矮星にたいして、軌道エレベーターみたいなものが山ほどあって、それに対しての重力の行き来で、発電しているという発想です。

福井:
 その辺の説明をテキストで言われても、何にも頭に入って来ないですからね。それを一発、この絵があるってことで、バシンとわかるわけですよ。それが小倉さんの強みだね。

イシイ:
 すごく真面目にやっていますよ。入り口としては女の子がキャッキャ言ってるんですけど、バックにあるのはこういうことなんで。

DMM GAMES担当者:
 こういった設定資料とかはSFファンにとっては、たまらないものかなとは思うので、どんどん入れていきたいと考えているんですけど、どう入れ込むかは検討中の段階で、実際のビジュアルとしてはバトル時の背景だったりに反映されているのかなと。

小倉:
 いろいろ描いても伝わりづらいことが多いので、3DCGの参考画像も起こしたり。

DMM GAMES担当者:
 モチーフになった星の由来や設定に関しては、なるべくわかりやすい形でユーザーに届けたいんですけども……。ただ星の形の特徴ってなかなか難しいので。

小倉:
 星の情報ってなかなか無いんですよ。「青くて大きい」ぐらいしか情報がない場合もある。そうなるとスタッフに女性も多いせいか、地球人の考える神話とか、そっちからキャラクターを作ろうとしちゃうんですよね。

 たとえば、かにパルサーという星をモチーフにしたキャラクターは、かに座とは関係ないんだけど、パルサーだからものすごく回転してるから元気がいいとか、そういう要素から恒星そのものの特徴を入れてあげられる。入れてあげられるんだけど、そんなに際立ってキャラクターが立ってる星がなかなか無い。ここが実は盲点で、星の数ほど星はあるんだけど。

福井:
 キャラクターは何十人もいるの?

小倉:
 いるんですよ……。ゲームとしては必要で。

イシイ:
 僕がシナリオを書くときも、選ばれてる星は普通の恒星じゃなくて尾を引いてたりとか二連星とかなので、その要素を入れるために苦労はしていますね。

──先例として『艦隊これくしょん』があるじゃないですか。戦後半世紀以上経ったタイミングで相当な数の日本人が艦船の名前に詳しくなりましたよね。そういう好奇心のきっかけにしたい気持ちは強いと?

小倉:
 国立天文台に恩を売れるぐらいになるといいですよね。全国のプラネタリウムもコンテンツ不足だし。ぜひキャラクターとして使ってほしい。最近あったハプニングだと、すでにボイス収録が済んでしまった星の名前が最近変わっちゃったとかね。

DMM GAMES担当者:
 ありましたね。収録後だったので、その部分に関しては旧名のままやりましょうということになりました。ただ新発見は今後も起こり得るので、うまく取り入れていきたいと考えています。

小倉:
 ひとつの星と思っていたらじつは五個の連星だったとか。科学の発展とともに、だんだん観測の解像度が上がっていくじゃないですか。

イシイ:
 発見が多いですからね、最近の科学は。人類史の発見もすごく多いし。

福井:
 21世紀もすごいよね。恐竜も毛が生えてたらしいとかね。

■タイムトラベルものの根幹

──たとえば恐竜でもいいんですが、宇宙以外の題材で福井さんがやってみたいSFはありますか?

福井:
 タイムトラベルものってやってみたいですよね。『戦国自衛隊1549』でやっていると言えばやっているんですけど、もうちょっと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的な風情のやつで。

小倉:
 ちゃんとタイムマシンを作って。

福井:
 SFの社会批評的な機能って、とくに大人が見るときには重要なところだと思っていて。例えば最近のトピックで言ったら震災や原発があるけど、だったら原発のありなしで歴史は大きく変わったのかとか、そういうifを提示できるところがタイムトラベルものの面白いところかなとは思います。

 ただそれと同時に『バック・トゥ・ザ・フュ―チャー』でも最終的に家族のドラマに帰結していたように、きちんと観客が共感できるところに落とし込めるかどうかも重要なポイントな気がしますけどね。

──イシイさんは『タイムトラベラーズ』を手がけられましたけど、タイムトラベルもののポイントはどこにあると考えますか?

イシイ:
 理屈だけで真面目に考えすぎるとダメだなってのはありますね。あと時間を書き換えることの面白さってすごくゲーム的なんですよ。分岐してifがいっぱい出てきて、どれを選ぶかという。

 そこの面白さはゲームに落とし込みやすいから、ゲームとタイムトラベルものは相性がいい気はします。タイムトラベルものはたまに傑作が出ますよね。『フラッシュフォワード』も面白かったし。

福井:
 ドラマだっけ?

イシイ:
 ドラマになっているんですけど、もともとSF小説で、CERNの実験が原因で、全人類が一分間くらいブラックアウトして、気を失っちゃう。気がついたら飛行機は落ちてるし、車は事故に合ってるし、昼だった地域はとんでもないことになっていて、逆に夜だった地域は寝てるからセーフなんですよ。

 で、そのブラックアウトしていた間に全員が何十年後かの未来を見ちゃうっていう切り口。ドラマはどんどん複雑になっちゃうんですけど、小説は一巻ものの長編だからうまく落としてるんですよね。

福井:
 この前、タイムトラベルものでケネディ暗殺を阻止するためにがんばる、スティーブン・キング作品(編集部注:『11/22/63』)を観たんですよ。暗殺を阻止したらどうなるだろうという話かと思ったら、そこが主眼ではなく、暗殺を阻止しようとすると、歴史の修正されまいとする力が介入して邪魔されるという話で。

 それでも阻止したら未来がディストピア状態になっちゃって、ひとつのボタンをかけ違うと、とんでもないことになるよと。これは普通に生きていても感じることじゃないですか。そういう要素をちゃんと配置できるかどうかが、SF作品として広く受け入れられるかどうかの一番の境目な気がする。

小倉:
 なるほど。

福井:
 たとえば『ヤマト』に波動砲があるじゃないですか。あれが『2199』の最後で使っちゃダメということになった。でも使わないと世の中、成り立っていかない。これはさっき言った原発問題にもそのまんま当てはめられるから、身近に感じられますよね。

 でもいまのリメイク版の波動砲の設定は余剰次元っていう、別の次元をつぶしたパワーで撃つみたいなことになってるんだけれども、その部分はわかりにくし、いま生きていく上で何かに例えられない。だから普通の生活に例えられないSF設定って、どうしてもコアユーザー向けになってしまうんですよね。

小倉:
 まったくその通りです。そこの取捨選択はよっぽど話し合いますよね。地続き感というか。エンターテインメントである以上、物語で描いてることが、いま私たちが生きていることと無関係だったらアウトだと思う。『ガンダムUC』でも西暦から宇宙世紀につなげたのは「地続きですよ」ってわざわざ宣言しているわけで。

福井:
 SFも本来は普通の生活に例えられる、さっき小倉さんが言ってた“寓話”としての部分が出発点だと思うし、「サイエンス・フィクション」っていう定義通りの科学要素はむしろ後付けなんじゃないかと思うことはあるよね。

小倉:
 小松左京さんは原爆が登場したことがショックで、科学が生み出した化け物が世の中を変えちゃうことと無関係ではいられないんだと。そういうことを物語に描かなきゃいけないと考えて、小説家としてのキャリアをスタートするときに『地には平和を』を書くんですよ。

 『地には平和を』は第二次世界大戦で日本が終戦を迎えないでそのまま日本が滅亡しちゃうぐらいに叩きのめされるという話。そういう時間軸にいる主人公のところに、タイムパトロールがやって来て「この時間軸、間違ってるから」って言われるって話で。

福井:
 戦争の時代を生きた人たちが普通にたくさんいた時代だから、同時代の人に「あれで戦争が終わってなかったら、俺たちどうしてたんだろうね」という、酒飲み話みたいなところからでも興味を引けるわけですよね。

 僕たちくらいの世代、あるいはもっと若い世代が、日本が戦争を続けていたらどうするってやったら、単なる架空戦記にしからならない。

小倉:
 そうなんですよ。架空戦記ってSF作家が書く場合もあるけど、大抵の架空戦記はSFでもなんでもなくて、購買対象であるサラリーマンのすごく狭い範囲の鬱憤話になっちゃうんですよね。

 福井さんの仕事でいつも感動するのは、マーケティング的な意味での狭い対象を相手に「少なくても手堅く売れる」ビジネスの考え方に対して、「そんな狭い層の客を相手にするよりも、その外側にこれだけお客がいるじゃないか」っていう話をしてくれるからなんですよね。

──『ローレライ』は戦記ものでもあり、SFものでもあり、群象劇でもある。そこを全部入れて『ガンダム』を見ない世代にも届くように作られたんですか?

福井:
 あれは先に依頼があったんですね。第二次世界大戦もので、潜水艦もので、あとは男ばかりだとキツイんで女の子を乗せてくださいと。それと樋口真嗣からの「第三の原爆ってネタはどうですかね?」というお題からまとめていったんですね。だから自分だけで考えたものとはまた違うんだけれども、意識したのはどうしても第二次世界大戦で、潜水艦映画ってなると、東宝の昔の戦争ものみたいなイメージで、そんなの若い子は見ないだろうっていう思いしかないわけですよ。

 じゃあ日本のお客さんは何を観ているって考えたら宮崎アニメで、だったら第二次世界大戦でも、宮崎アニメみたいな感じでやっちゃえばいいじゃん、っていうのが俺の考え方でしたね。「宮崎駿がこれを撮ったと考えてみてよ」と言うと、ちょっと勘どころがある人なら「ああ、それならアリかも」って反応してくれる。だからそれをベースにやっていった感じですよね。

小倉:
 福井さんは宮崎アニメの例えを時々出しますよね。『ガンダムUC』のインダストリアル7の人工太陽区画からミネバが落ちるところは、『天空の城ラピュタ』のシータだとか。お姫さまは必ず空から落ちてくる!

福井:
 そうそうそう。売れているものは真似しろ!

一同:
 (笑)。

イシイ:
 『ローレライ』に関しては僕も思い出があって、『ローレライ』って佐藤直紀さんの音楽がすごいと思ったんですよ。めちゃくちゃ音楽が面白い、音楽推しの映画じゃないですか。これだけ音楽が目立っている日本映画は久しぶりだと思って、それで『428』の音楽を佐藤直紀さんに頼もうと思いついたんです。

小倉:
 そうなんだ!

──じゃあ福井さんは『ローレライ』、イシイさんは『428』、小倉さんは『エウレカセブン』で、みなさん佐藤直紀さんとは縁があるんですね。

イシイ:
 『エウレカセブン』を観て、テクノ以外の音楽もいいなと思って確認したら佐藤直紀さんだった。『428』にはハリウッドライクな音楽を使いたいなと思って、でも日本になかなか書ける人がいないな、と思っていたところに観たのが『ローレライ』だったんですね。
 
──スピルバーグにおけるジョン・ウィリアムズのような音楽を日本で書ける方だと。

イシイ:
 そうですね。メロディライン重視だし、ハンス・ジマーよりはジョン・ウィリアムズですよね。

 ジョン・ウィリアムズで思い出したんですけど、日本のJ.J.の福井さんに聞きたいのは最近の『スター・ウォーズ』ってどう見られてます?

福井:
 この間の『最後のジェダイ』はダメダメですね。

一同:
 (笑)

イシイ:
 話が合いそうですねえ(笑)。その前にJ.J.がやった『フォースの覚醒』は?

福井:
 『フォースの覚醒』は良かった。

イシイ:
 これは話が合うなぁ!(笑)

小倉:
 『フォースの覚醒』はウェルメイドって言葉その通りでしたね。「J.J.がやっているウェルメイド感を目指したいよね」という話をこの間も福井さんとはしてたんだよね。

福井:
 そうそうそう。

イシイ:
 なぜそこを聞きたかったかと言うと、僕自身も『428』は『街』という作品のある意味続編的なものだったので。どうやったらこれまでのファンの方から受け入れられるのか、同時に新しいファンの方を連れて来れるのか、『428』はすごく模索しながら作ったんですよ。作ったあとにJ.J.の『スタートレック』を見て「これを先に見ていたら、もう一歩行けたかもしれないな」とすごく思ったんですね。『スタートレック』なんだけど『スタートレック』であることに溺れていない。

 で、さらにJ.J.の『フォースの覚醒』も見てやっぱりすごいなと。彼は『スタートレック』よりは『スター・ウォーズ』のファンだと言ってるじゃないですか。でも『スター・ウォーズ』をやっても『スター・ウォーズ』に溺れなかった。

小倉:
 彼自身にもオタク性はあるんだけど、必ず自分よりもっと詳しいブレーンを置くから、そこで適切な距離を作るんでしょうね。おそらくブレーンにいろんなアイデアを出してもらって、その上で観客をどうくすぐるかっていうチョイスの仕方。

福井:
 なるほどね。

イシイ:
 コアファンの気持ちを汲み取る提案を受けながら、さらに広いユーザー、新しいお客さんにも届くような取捨選択の勘がすごくあって。

小倉:
 それが映画を通して見えるんだよね。

──作り手の取捨選択が映画を通して見える部分というのは、具体的に挙げるとどんな形ですか?

福井:
 映画って前提知識がなくても楽しめるように、あまりにも混乱することはやめようっていうのが基本なんです。それで言えばJ.J.の『スタートレック』で昔のスポックを出すのは大きな賭けだったと思うんですよ。完全新規のお客さんがせっかくここまで楽しんでいたのに「?」ってなっちゃう可能性もある。

イシイ:
 そうですね。

福井:
 でも一方で『スタートレック』はそれこそアメリカでは国民的な人気になっている。そのファンを裏切らないためにもこれぐらいはやったほうがいいっていう、あのギリギリ感。

小倉:
 あのギリギリ感。いままでのシリーズも否定しない。並行世界の証として、そこから来ているスポック。

──「この人、誰?」ってなるリスクと、ファンへのサプライズを天秤にかけた結果、それを選んだというのが理解できると。

福井
 そういうことですね。逆に『最後のジェダイ』はこれまでを否定して、その割には新しいものが冴えない。作っている当人は『スター・ウォーズ』に溺れないようにやったのかもしれないですけど、溺れないように身構えた時点ですでに溺れているんだと。溺れないように旧来のファンを寄せ付けないで、新しいファンに気負いすぎて沈んじゃった気がしますね。

 その辺は監督ひとりの責任じゃなくて、たぶん世代交代をさせたいというビジネスの犠牲になっちゃった。もちろん何事もビジネスは意識しなければならないんだけど、ちょっと両立させる腕がなかったかなっていう感じですよね。

イシイ:
 やりたことは透けて見えるんだけど、もうちょっとがんばってほしかった。

福井:
 「もうジェダイとかルークに頼るのはやめようぜ!」っていうメッセージを打ち出してるわりには新しい道が提示されず、結局最後もルークに頼っちゃってる。

イシイ:
 J.J.がすごいと思ったのは『フォースの覚醒』でハン・ソロやルークが出てきても、やっぱりレイとフィンの話になってるじゃないですか。そこにすごく力を入れていて、新しいこのふたりを愛してねと。しかも『スター・ウォーズ』の文法にそった上で愛してね、という差し出し方。ルークのラストもすごくいいんですよ。

 でもやっぱりレイとフィンに愛着を持って終われるところが巧みだなって思いましたね。『スタートレック』でも最初は新しいカークとスポックを見て「ちょっと違うんじゃない?」って思うんだけど、観終わった段階ではしっくり来るように立ち上げていて。

小倉:
 J.J.の『スタートレック』は観客として観ている間はツッコミ入れまくりなんだけど、いざエンタメとしての仕事目線で見てると本当によくできている。あ、そう言えば意外と谷口悟朗さんは『最後のジェダイ』を評価している。

イシイ:
 なるほど。じゃあ次回、谷口さんに来ていただくときには……。

小倉:
 また全然違う話を聞けますね。

■『ガンダムNT』は過去の話を一切否定しない

イシイ:
 でも福井さんの仕事もすごくコアなクリエイターから提案を受けながら取捨選択されていますよね。『ガンダムUC』にも『機動戦士ガンダムZZ』のマニアックなモビルスーツがいっぱい出てきたりとか。

福井:
 『ZZ』は本放送のときには「これは自分向けじゃないや」と思って見ていなかったんですよ。そのあと『逆襲のシャア』を見つつも、ガンダムシリーズからは卒業して。で、『ガンダムUC』をやるにあたって宇宙世紀のシリーズを全部見直して、そこで初めて『ZZ』を見たからすごく新鮮で。

 そんなに悪い作品だとは思わない。富野さんもギリギリの状況のなかでちゃんと仕事をしている。だから『UC』をやるときに気をつけたのが、既存の作品を否定しないということ。初代の一年戦争より『ZZ』は人気が出なかったから黒歴史じゃなくて、ちゃんと組み込みましょうよと。

 組み込んだときに時系列的には数年後の『逆襲のシャア』と『ZZ』との間にギャップがあるんで、そこをなだらかにしてみる。この作品ではこう見えていたけど、違う視点から描くこと全体ではつながっているように見せることは意識しましたね。

──『逆襲のシャア』は宇宙の局地戦として最新モビルスーツが集まっていたけど、それ以外の地域では『ZZ』やいろんな時代のモビルスーツが当然残っているだろうという描き方で。

小倉:
 『UC』エピソード4でトリントン基地に集結する、“モビルスーツ大運動会”はファンもバンダイさんもすごく喜んでくれましたよね。

イシイ:
 あれはすごかったですよ。

福井:
 もう二度とやりたくないですけどね(笑)。

イシイ:
 原作になかったネオ・ジオングをアニメで出されたのは福井さんからなんですか?

福井:
 あれは古橋一浩監督が「原作のままだと最後いじめているように見えるから、相手もすごいのに乗っけたい」と言うんで、わかりやすくネオ・ジオングで。

イシイ:
 あのエンタメ感はすごかったですね。映像作品としてあれだけ長く付き合ってきた最後に、クライマックスでああいうラスボスを見せてくれるというか。リアルなところからはちょっと飛んでるじゃないですか。ネオ・ジオン、そんなにお金ないはずなのにどこから出てきたんだと(笑)。

福井:
 「こんなに大きい必要あるの?」っていう話をしたら、みんな過去の要素とできるだけつなげていこうって気持ちになっていたので「『逆襲のシャア』に登場したα・アジールの流れから考えたらこうだ」と言われて「じゃあこれで行くか」っていう。そんな感じでしたね。

──せっかく福井さんと小倉さんに来ていただいたので公開予定の『機動戦士ガンダムNT』についてもお聞きしたいんですが。

福井:
 話せる範囲でひとつだけ言いますと『UC』はユニコーン(Unicorn)であり、宇宙世紀(Universal Century)そのもの。今度の『NT』は「ナラティブ(Narrative)」と読むんですけど、同時にニュータイプ(Newtype)でもある。

 このニュータイプってことに対して『UC』の最後で結構すごいことをやったじゃないですか。「なんだありゃ。あの瞬間に何が起こっていたんだ」というね。そこから時系列的には『機動戦士ガンダムF91』にもつなげなきゃいけない。

 あそこで相当な距離を飛ばしてしまったので、そこを埋める必要があるなとは考えていて。だから『NT』では「ニュータイプって何なのか?」っていうことを完全に定義するつもりではないんだけど「こう考えるとこれまでの描写もつじつまが合いますよ」っていうのをやろうかなと思っています。

小倉:
 ララァが言っていた“ ああ、時が見える…。”とはこういう意味だったんじゃないか」とかね。福井さんと考えていて「なるほどなるほど」っていう。

福井:
 その辺を一本の映画を通して見せることで過去のシリーズの見方も少し変わるような、そういう感じになるんじゃないかと思いますけどね。さっきも言ったように、過去の作品はいっさい否定しないので、富野さんが作った歴史は富野さんにしか作り得ない。それを僕の見方で分析してみて、あのときの、あの人の、あの言動、そういうものに筋が通るひとつの仮説という感じです。

小倉:
 でも福井さんの脚本を読みましたけど腑に落ちましたよ。

福井:
 SF的にわかりやすいガジェットを求めて進むような、『ガンダム』としては冒険ものに振っている感じですね。冒険ものなんだけど、起こっていることは極めて『ガンダム』的な。

小倉:
 富野さんの小説に名前だけ登場する設定とかも引用したりね。

福井:
 これくらいが限度かな。これ以上言うと怒られちゃう。

イシイ:
 いろいろつなげなきゃいけない作品もありますからね。

福井:
 そうそうそう。

──みなさん『ガンダム』シリーズだと、どこのポイントがお好きなんですか?

福井:
 最初の『ガンダム』はブームとしてみんなと一緒に乗っかった感じだから、リアルタイムで見て心に残ったのは『Zガンダム』。

イシイ:
 僕は初代『ガンダム』が竹宮恵子さんの『地球へ…』が同時期だったんですよ。どっちの作品も人類の進化を扱っていて、当時中学生ということもあったので「やっぱり人類ダメだな……」と。そういう気持ちになる年代じゃないですか。

 あとやっぱり思い入れが強いのが『めぐりあい宇宙』と『イデオン』なんですよ。それは富野由悠季さんの演出。音楽とフィルムのカッティングのリズミカルなこと。音楽と映像が次々に切り替りながら流れていくような演出に、たぶん一番感動したんだと思うんです。

 『めぐりあい宇宙』と『イデオン』の音楽のかけ方って濃いんですよね。もう過剰。あの2本は音楽映画だと思っていて。たとえばニュータイプとかイデっていうのは、ほかのSF作品でも近い概念はあるんだけど、あれだけ詩的な演出をする人はいないと思っていて。

──イシイさんが富野さんの演出から受けた影響は?

イシイ:
 音楽の使い方です。そういうことをやろうとしていますね。音楽を過剰にしたいっていうのは『めぐりあい宇宙』、『イデオン』、『ローレライ』から『428』につながっていて。

小倉:
 なるほど。僕が『ガンダム』シリーズで気に入っているのは、お二人方とは違うのかもしれないけど『Z』から『逆襲のシャア』までにある現実社会との“地続き感”にこだわるところ。たとえば最初はニューヨークもそのままの名前で出てこなかったじゃないですか。

 だけれども『Z』からはちゃんとケネディ宇宙センターが出てきたりとか、明確に「我々のこの世界と地続きです」「観ているあなたたちと無関係な物語ではありません!」って宣言をしているところなんですよね。

イシイ:
 初代にはなくて『Z』までの間に出てきた「アナハイム・エレクトロニクス」っていう言葉はびっくりしましたよね。アメリカにある現実の地名で、フィクションの会社を作っちゃうという。

小倉:
 そうそう。あと冷戦終結後の混沌とした世界情勢みたいな舞台設定も『Z』でやっているんですよね。誰が敵で、誰が味方か?わからないような世界観を。

イシイ:
 『Z』ってすごいですよ。主人公側、よく考えたらテロリストじゃんって。

小倉:
 で、連邦軍どうしで内ゲバでしょ。

イシイ:
 すごいよなあ、そりゃ乗りにくいよっていう。あと富野さんと言えば第1話を作る天才ですよね。

福井:
 そうですね。

イシイ:
 面白くない第1話がない。なんであんなに面白い第1話を毎回作れるだろうって思いますよね。『ザブングル』、『ダンバイン』、『エルガイム』も全部第1話は面白いですよ。

──庵野さんも「『ガンダム』の第1話を『エヴァ』で超えられなかった」と振り返ってますよね。

福井:
 そうか、エヴァンゲリオンが出撃するところまでしか描けなかったもんね。そもそも富野さんは説明を始めたら物語にならないぐらい、めんどくさい世界観で毎回やってるんですよ。で、それを説明しないと割り切る。

 その代わりに新しい世界観でみんなが見たいことはこれとこれとこれだっていうのを、第1話で凝縮して入れてくるんです。僕らはわからないんだけど、面白いような気がして見てしまう。ただまあ、第2話以降することがなくなって、しばし失速する(笑)。

■SFとエンターテイメントの行く末

──ほかにみなさんにとって思い出深いSF作品はありますか?

福井
 僕は映像ではあんまりなくて、マンガと小説からSF感みたいなものの影響は受けてますね。学生時代なんですけどマンガ版の『百億の昼と千億の夜』とか。

小倉
 ああ、萩尾望都さんの。原作は光瀬龍さんですね。

イシイ
 萩尾望都さんの『銀の三角』は読まれました?

福井:
 読んでないんですよ。

イシイ:
 萩尾さんの『百億の昼と千億の夜』がお好きだったら、面白いと思います。僕にとっては萩尾作品のなかでもトップな感じですね。

福井:
 なるほど。萩尾望都さんとか竹宮惠子さんとか女性のSFマンガ家には結構影響を受けた気がします。

──1980年代のSF作品を振り返ると、ほかには『たったひとつの冴えたやりかた』、『AKIRA』、『パトレイバー』、『トップをねらえ!』、『ガンヘッド』……。

福井:
 そこら辺はもちろん見てますね。

小倉:
 『ガンヘッド』も見ていただいてありがとうございます。

イシイ:
 僕も見ています。義務ですよね、『ガンヘッド』は。『さよならジュピター』と『ガンヘッド』は映画館で観るのが義務でしたよね。

福井:
 僕はビデオだったけど(笑)。

イシイ:
 福井さんはジェイムズ・P・ホーガンは通ってないんですか?『星を継ぐもの』とか。

福井:
 わりと最近、星野之宣さんのマンガで読みました。

イシイ:
 僕は小説ではやっぱりホーガンで『星を継ぐもの』がベストSF。大昔に火星の向こうに星があって、そこから本当に人類が来たんだと当時思いましたもん。

福井:
 マンガ版を読んで「恐竜が大きかったのはそういうことか!」って思いました。

イシイ:
 ホーガンの『未来からのホットライン』ってタイムトラベルものも好きですね。ホーガンのすごいところって嘘なんだけど「これって本当じゃない?」って信じさせてくれる。大嘘がうまいなと。

小倉:
 僕はじつはちょっとホーガン苦手なんですよね。

イシイ:
 ドラマっぽすぎる?

小倉:
 大仰なところとか。

イシイ:
 ああ。嘘がデカいんですよね。

小倉:
 『断絶への航海』までかな。

イシイ:
 なるほど。

小倉:
 僕の好きなSFはそこまでの知名度はないんですが、堀晃さんの『太陽風交点』とか。短編小説です。

福井:
 いつごろ活躍されたんですか?

小倉:
 1980年代ですね。まだご存命ですけど。あと1990年代にボーイングの技術者とか、現実の宇宙開発に携わった人たちがSF小説をいっぱい書いたんですよ。そのなかに『サターン・デッドヒート』という作品があって、土星って太陽から数えて6番目の惑星じゃないですか。

 その土星の6番目の衛星に六角形の石碑があって、異星人が残したらしいんだけど、いったいこれは何なんだろうってところから展開していく話とかね。

──『恒星少女』は外宇宙が舞台になると思うんですが、外宇宙もので印象深い作品は?

小倉:
 『スタートレック』とか最たるものですよね。

福井:
 僕もやった『ハーロック』も外宇宙ものではあるんだけど、やっぱり外宇宙ものってロマン系がほとんどで、リアルに考えるとそんなに遠くまで行けないし、あるいは行った代償として地球も滅んじゃうぐらいの未来に行っちゃうとかね。

イシイ:
 『サイレント・ランニング』のような孤独な宇宙観ってあるじゃないですか。『恒星少女』をやるときに、昔のSFって孤独だったなあって思い返すことがあって。

小倉:
 そういえばイシイさんから宇宙船に植物園を作ってほしいというオーダーもあったよね。

イシイ:
 それは『サイレント・ランニング』とソロシップから来ているんですけどね。なぜか植物園があるという。

福井:
 SF小説を読んでいるときってそういう個に没入していくじゃないですか。でもこういうゲームとか、プレイヤーどうしの情報共有が前提になってる時代に孤独の価値ってどうなんですかね。いまの若い子って孤独を求めるのかな。

イシイ:
 『恒星少女』も孤独がいちおうネタになっているんです。プレイヤーは孤独で、地球を救おうとか、過去に戻ろうとかやるんですけど、実際には恒星少女がいるので、それが一種のギャグになってる。

 「僕は宇宙でたったひとりだ」と言ったときに、恒星少女たちが「ひとりじゃないですよ」と返してきて、「いやお前たち人類じゃないだろ」っていう。

福井:
 ああ、なるほどね。

イシイ:
 宇宙は孤独であるという古いSFのノリと、いまのエンタメのみんなでワイワイってノリをミスマッチで合わせました、っていうその感覚をあえて使っていて。

福井:
 女の子はホログラムみたいな感じなんですか? 握手とかできる?

イシイ:
 そのあたりは微妙なんですよね。「触らせて」となったらそのときだけ実体化するかもしれない。その辺をやりすぎると生々しくなるので、ゲーム上では描かないと思いますけど。

小倉:
 なかなか悩ましいところですね。

──福井さんは『恒星少女』のようなお題を振られたら、どう返しますか?

福井:
 うーん、そうだなあ……。少女じゃないもののも出したいですよね。

小倉:
 お、来たね。

福井:
 恒星猫とか(笑)。

一同:
 (笑)。

福井:
 要はおじさんもいれば、美青年もいたりして、バリエーションを選べる。「お前のメンバーを見せて」って友達のを見たら、持っているのは全員おじさんとか。

イシイ:
 『恒星少女』が立ち上がったら、恒星おじさんはエイプリルフールにやりたいですね。白色矮星のように膨張してるとか。

一同:
 (笑)。

小倉:
 今回はまず男性向けということでオーダーされていますけど、女性にも広がる余地はあるよね。毎日テレビで星座占いとかやってるわけだから。

イシイ:
 そうですね、星座だと女性のほうが。

──現代におけるSFの在り方のひとつの形ですね。

イシイ:
 今はSFが元気がないように見えていると思うんです。そう見えるのは、SFの未来予知が失敗したからなんじゃないかなと思っていて。21世紀は宇宙に行くと思っていたら思ってたよりも行っていないとか、いろいろあるわけですよ。携帯電話やインターネットを綺麗に予言できていなかったとか。

福井:
 SFが信頼を失ってしまっている。

イシイ:
 そこがあるんですよね。たとえば未来予測の部分でも不老不死ではなくて否死(ひし)とか。つまり不死ではなくて、人間の寿命がどんどん伸びていった世界。あるいはベーシックインカムとか、人間が働かなくてもいい世界を成立させたらどう文化が変わるのかとか。

 3割くらいの人たちがAIを使って社会を効率的に回し、同時にさらにみんな寿命が伸びちゃって、そういう未来なら予想はできるんだけど、どういうドラマが起こるのかをSFは思ったよりも描けていない感があって。いずれ将来書き換えられるにしても、この辺のテーマは追いかけなきゃいけないと思っているんですよね。

 未来の親子関係がどうなるのとか、未来の民主主義ってどうなるんだろうかとか、まだまだいろんな描き方がありますよね。むしろ逆に実際の科学のほうが先にどんどんSFに到達していっている感がちょっとあって。

福井:
 ひとつわかりやすい理由があって、いま世界レベルで文芸ってダメなんですよ。文字を読むってこと自体を成立させる読解力がだいぶ落ちてきている。そうなると小説なんてとても読めない。で、映画とか映像作品を成立させるのって基本、お金がかかります。お金を回収しなきゃいけないので、あまり突飛なものはやれない。そうすると新しいものがやれない。

 そう考えていくと、SFで先鋭的に未来を予測していこうって人がいたとしても、その人が小説にまとめて、その小説を世間に認知させるところにまで行くのが、いまは奇跡に近い確率になっちゃっている。そういう意味で新しいSFが生まれにくくなっているとは思います。

イシイ:
 エンタメとしてはまだまだ大きい市場なんですけど。 

小倉:
 私の後輩のSF作家も、賞まで獲っているのに仕事がなかったり。

福井:
 でしょう? だから今回の『恒星少女』も、ゲームという形で少しでも多くの人にSF的な要素に触れてもらって、興味を持ってもらうチャンスとしてどんどんやっていけばいいじゃないかなと思うよね。

イシイ:
 そうですね。『恒星少女』の主人公側のストーリーは僕がやっているんですけど、恒星少女たちの過去の文明を描くというサイドストーリーはSF小説の若手の方に書いてもらっていて。

小倉:
 若手のSF作家の仕事ぶりも楽しんでもらえると思います。

──本日は長時間ありがとうございました。まとめをお願いする前に福井さんに締めになるコメントをいただいて。

福井:
 いえいえ。そろそろ時間かなと思ったんで。

一同:
 (笑)(了)。

 数時間におよぶ長き対談にて語られた作品数は、数十年にわたり培われてきたSFという分野の厚みを如実に感じさせるものとなった。

 記事中にある作品やクリエイターたちの注釈の数からもそれは伝わるかもしれないが、それでも今回おもに語られたのは1970、80年代から近年の一部の作品群であり、それを考えるとあらためて宇宙やSFというテーマの深遠さが心に突き刺さるところである。

 現在第一線で活躍しSFや宇宙を組み込んだ作品を生み出す40代から50代のクリエイターたちが、確実に影響を受けたであろう1970年代から1980年代のSF作品たち。1966年に放映され再放送も繰り返された『ウルトラマン』シリーズの洗礼、1977年の『銀河鉄道 999』、1987年の『ヤマト』、そして富野由悠季の『機動戦士ガンダム』……。

 筒井康隆が1996年11月に発刊された『SFの時代 - 日本SFの胎動と展望』において、SFが浸透し始めていると言ったように、これらの時代の作品は従来の重厚なSFとは異なる歴史をたどっていく。そして今、今回登場していただいた3人や同年代のクリエイターの身体を構成する細胞のひとつひとつとなっている。そういった人々が当時感じたSFと宇宙への感触、手触りが、読者の方々に伝われば幸いである。

電ファミニコゲーマー:野口智弘、福山幸司

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