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「今は、修羅能の時代」 歌人・馬場あき子が語る「風雅と無常」 9月スタート横浜能楽堂公演

10/26(金) 16:39配信

カナロコ by 神奈川新聞

 源平の武将らが登場する「修羅能」に注目した6回シリーズの公演「風雅と無常-修羅能の世界」が9月からスタートし、2019年3月まで横浜能楽堂(横浜市西区)で開かれている。能に関する著作も多い歌人の馬場あき子(90)に、修羅能の魅力を聞いた。

 能の演目の中で、源平合戦の武将がシテ(主人公)の演目を「修羅能」という。能を5種類に分類した際には、「二番目物」とも呼ばれている。

 馬場は「私は、今、修羅能の時代だと思っています」と語る。「ついこの間までは、『四番目物』(狂女物など)の時代だと思っていたけれど、さまざまな事件が起きる四番目物の時代から、ふと、修羅能の時代に変わりましたよ」

 戦後、短歌を学び、能を喜多(きた)流宗家の喜多実に師事し、日本文化・芸能とともに時代を見つめてきた馬場。

 「世界中で戦争は起きているし、災害もある。実際の生活でも上手に闘わないと生き残れない。今、一番苦しい時。それは、修羅能が生まれた世阿弥の時代とも共通するところがある」と鋭く分析する。

 室町時代初期、世阿弥が能の基礎をつくった。「『太平記』に描かれているような時代を世阿弥は見つめていたと思う。家や田畑が焼かれ、領地を拡大するためにはどんなことでもやる。武将たちの欲望に満ちている時代。その時代の空気を批判しようと、平家の教養あふれる武将を題材に修羅能をつくったと思う」と馬場は語る。

 「武士とはどういうものなのか」-。馬場は、修羅能に登場するシテのタイプを、青年期、中年期、老年期の三つのスタイルに分け、世阿弥が能に込めた思いを読み解く。

 例えば、笛の名手として有名で、若くして亡くなる「敦盛(あつもり)」。「刀の使い方も分からない青年芸術家ですよ。戦争の学徒出陣の世代です」。歌人としても知られる「忠度(ただのり)」は、「才能があるのに、志半ばで武将として死ななければいけない苦悩があったはず。何を残すか、その“選択”が能で物語られている」と話す。そして、「実盛(さねもり)」は「60代で戦に行かなくてはならず、白髪を黒く染め、いかに生きたかを残すために、どのように目立って死ぬかを考えた」とそれぞれの主人公に思いをはせる。

 今回の企画では、文化や芸術に精通していたにもかかわらず、平家の武将として死んでいかなければならなかった主人公の「無常」の面により光を当てるため、能の中に登場する芸能も一緒に披露するのが見どころだ。

 琵琶の名手だった平経正(たいらのつねまさ)がシテの「経正」(12月22日公演)では、平安時代の貴族社会で親しまれてきた楽琵琶の秘曲などを能の前に上演。そのほかにも、「箙(えびら)」(19年1月20日)では画家の山口晃とコラボレーションし、「朝長(ともなが)」(2月16日)では相国寺観音懺法(かんのんせんぼう)、「忠度」(3月23日)では宮中披講会が登場する。

 馬場は言う。「平家の武将たちの風雅な一面を能で知ることによって、今に通じる戦争の無常がより実感できるはずです」 

 11月10日、馬場らによる特別講座「修羅能の世界を語り合う」も開催。公演、講座のチケットの問い合わせは横浜能楽堂TEL045(263)3055。

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