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『新潮45』問題を古いゲイ3人が考えた(3) マイノリティの分断と内部対立を超えて

10/27(土) 11:05配信

BuzzFeed Japan

「抗議やデモでは変わらない。対話と議論を」「政治批判に利用するな」と、かまびすしい。

しかし、かつて米国の「礼儀正しい」同性愛運動であるホモファイル運動には限界があった。スタイル批判のなかで深まる当事者間の分断を超え、自分はなにをするかを小倉東、北丸雄二、永易至文の3人で語り合った座談会報告の第3回。

* この座談会は、語り手のひとり小倉東さんが新宿二丁目で経営する「ホモ本ブックカフェ オカマルト」で、トークライブの形式で開催されました。

* 本座談会は、男性シスジェンダー・ゲイ指向の3人の視点で語る特徴と限界があります。性的マイノリティ全体を指す場合とゲイを指す場合が、区別なく「ゲイ」と表現されたり、自称として「オカマ」「ホモ」「レズ」が使われたりすることがあります。あらかじめご了承ください。
【寄稿:永易至文・NPO法人事務局長、ライター、行政書士 】

ポライト(礼儀正しい)な運動で事態が変わるか

北丸 ここで「ホモファイル運動」について話していいですか。アメリカのLGBT運動で、ストーンウォール暴動(※)やその後の70年代のリベレーションに先だって、ホモファイル運動と呼ばれる流れがありました。

※1969年6月28日、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン (Stonewall Inn)」が警察による踏み込み捜査を受けたさい、いあわせた同性愛者らが反抗し、暴動になった事件。直前に死去した女優ジュディ・ガーランドを悼む気分が警官への敵がい心を高めたという説もある。現代LGBT運動の始発点とされ、6月は北半球諸国でプライド月間としてLGBTのパレード等が催される。

変態、セックスモンスター、幼児性愛者、はては外国のスパイだとさえ言われてきた同性愛者について、「私たちは異常者ではありません」とアピールする戦術です。

男性は(反体制の象徴である長髪ではない)クルーカット、スーツにネクタイ、女性も膝下までの保守的なスカートで、シュプレヒコールをあげるでもなく、ただ「同性愛者たちにも自由を」などメッセージを書いたボードを持って整然と輪になって歩く運動を続けていました。

社会を刺激したり攻撃したりしてはいけない、理解と共感を得るにはこうしなければならない、と思った戦術です。それでも当時、大変な勇気が要った大変な行動でした。

しかし、そんなことでラチがあくわけもなく、そのうち臨界点が来たんですね。それが「ストーンウォールの暴動」でした。それをきっかけに怒濤の70年代が始まるわけです。

そのときにまず立ち上がったのは、さっき小倉さんが言った「女性的なゲイ」やレズビアンたち、いまでいえばトランスジェンダーも含む、多少エキセントリックな、コミュニティ内部からもいじめられていた人たちですよ。

ゲイ差別プラス女性差別のいちばんの矢面に立って、いちばんしわ寄せを受けていた人たちが、怒りとともに立ち上がったことが起爆剤になったわけです。黙っていれば「普通」に見えた”男っぽい”ゲイたちは後ろでオロオロ隠れてた。

日本の障害者運動だって、陳情や慈悲にすがるだけではラチがあかず、1977年の「川崎バス闘争(※)」なんかの止むに止まれぬ実力行動があって局面の転換を迎えるわけですよ。人の歴史は、忍従と、その臨界点での怒りの爆発を繰り返しながら進んできた。この史実を憶えていてほしい。

※車いすの障害者が路線バスへの乗車を断られたことに抗議し、大勢の障害者が川崎駅前でバスの車内に座り込み、運行を止めた障害者運動。

永易 でも、もっとも虐げられた人びとに矛盾はしわ寄せされ、被抑圧者はいつか立ち上がる、そして社会は変わるという、そんな知識人好みなロマン主義的革命史観でいいのか(会場笑)と問うて、「怒りと怒号では伝わらない」「保守層にも聞いてもらえるよう、こちらが配慮しなきゃダメだ」とみずから言う当事者が出てきたのが現在でして……。

北丸 だから、そっちはそっちでやってよ(会場笑)。一大国民運動にしてよ、と。こっちはこっちでやるから(笑)。

永易 私もリブ出身として、こういう直接行動、声を上げるスタイルは社会運動に必須、不可避のものと思っていますが、当事者からの嫌悪感がかくも高く、そういう人たちがつぎつぎ「抗議の声を上げ」て、それを活動家に「叩きつけて」きます。「俺たちのハッピーゲイライフの邪魔をするな」とばかりに。

ここには、「ハッピーゲイライフ」を唱導した小倉さん、あなたにも一抹の責任があるのではないでしょうか(会場笑)。

小倉 ハッピーゲイライフはともかく(苦笑)、私は日本のパレードが、ゴーゴーボーイやドラァグクイーンを「ふつーのゲイ」ではないから世の中に間違った印象を与えると、パレードから排除する傾向があるように感じて不満を覚えていました。

一時期、本当にゴーゴーやドラァグの参加が少なかったような気がします。パレード主催者は、お上品な日本版「ホモファイル運動」をしようとしているのか、と勘ぐってました。

北丸 とはいえ、日本はそういう奇抜、突飛な強いプロテストではない、「礼儀正しい」お願いスタイルのほうが受け入れられやすいのかもしれないなあ……。それは戦略としての「スタイル」だし、それで現実の事態が動くかどうかは知らないけど。

そもそもこれまでLGBTにかんして、「おだやかに、平和的に、対話の精神」で陳情を重ねることを、だれもやっていないわけ?

永易 いえいえ、自民党前行動はかなり例外的で、それでも整然と行われましたよ。また、当事者団体もパレード団体も、自民党ふくめ等距離外交につとめ、ロビイングや陳情、懇談を、自民党議員もふくめ何度も何度も繰り返しています。

それに応じて結成された国会議員の「LGBT議連」も、自民党議員が会長を務めています(関連記事)。プライドパレードに参加する自民党議員も昨今、多くなりました。

ちなみに私事で恐縮ですが、牧島かれん議員(自民、衆院神奈川17区)が初出馬するさい、大学時代のインカレ英会話サークルの友人だったというゲイに頼まれ、彼女にLGBTのレクチャーをしにいったことがあります(2009年。そのときは落選)。ワシントンでの留学経験もある彼女は、なんの問題もなく理解してくれました。保守政党との対話も多チャンネルで試みられているのです。

また、さきほどはキャンペーン型の運動、代理店の広告手法の多用には疑問があるなんて言いましたけど、写真などおしゃれなビジュアルで多くの人の感情にソフトに訴えかける手法が多用され、さまざまな工夫もされていますよね。

でも、運動をdisりたい側からは、結局、なにをやっても「あいつらは野党(立民、共産、社民)の一味で、安倍批判をやりたいだけ。野党側も与党批判に利用している」と、見もしないで腐すわけですね。

対話なき「分断」はそっちこそではないかと思うのだけど、「じゃあ、こちらへ出てきて一緒に議論しましょうよ」と呼びかけると、「それはカミングアウトの強制だ」「顔出しゴメン」と言って逃げるわけ……。

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最終更新:10/27(土) 11:54
BuzzFeed Japan

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