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駅伝「四つんばい」問題はなぜ起きたか 宗茂氏の危惧「たすきは重い、けど軽い」

10/30(火) 12:29配信

西日本スポーツ

 福岡県宗像市を発着点として10月21日に開催された全日本実業団対抗女子駅伝の予選会で、レース中に脚を故障した選手が四つんばいで進んだ一件は、今後の駅伝の大会運営に問題点を突きつけた。大学、実業団のランナーが主力の大半を占める日本長距離界において、駅伝が東京五輪の選手強化の軸の一つであることに変わりはない。賛否の議論が巻き起こったこの一件を考える。

【写真】93年の九州一周駅伝4日目、リタイアし道路に座り込み次走者に交代する宮崎・森下広一

 アクシデントが起こったのは2区(3.6キロ)だった。岩谷産業(大阪市)の選手が終盤に転倒。選手は立てなくなり、残り約200メートルの距離を四つんばいで進んだ。

 主催する日本実業団陸上競技連合などによると、監督控室で中継を見ていた広瀬永和監督からは棄権させるとの要請があったという。だが、本人が続行の意思を示したため、審判は最後まで続けさせた。選手はたすきをつないだ後の診断で右すね骨折の大けがを負っていたことが分かった。

 今回は監督が訴えたとはいえ、本人が棄権を決断しにくい事情もある。日本発祥の駅伝は大会ごとにルールが異なっており、棄権した場合は今大会や箱根駅伝のように総合記録が参考扱いとなることが多い。会社や学校の看板を背負うだけに選手の重圧は大きい。

 旭化成元監督の宗茂氏は自身のツイッターで、九州一周駅伝(2013年終了)の「棄権した場合は区間最下位の記録に5分足したタイムが記録となる」という規定を取り上げ、「これが選手を守る最善のように思います。距離の短い女子駅伝なら、2分プラス程度でよいのではないでしょうか」とツイート。西日本スポーツの取材に対し「『棄権になるから』という理由で判断が鈍ってしまうより、生き残る可能性を残しておけば、早い段階で決断できる。審判も答えを出しやすい」と話した。

 各県対抗で10日間にわたって競われていた九州一周駅伝の規定は1993年の第42回大会の一件を機に改正された。宗氏が総監督を務めた宮崎県チームで、前年のバルセロナ五輪男子マラソンで銀メダルを獲得した森下広一氏(現トヨタ自動車九州監督)がレース中に脚を負傷。当時の規定により、次の走者が走れなくなった地点でたすきを受け取り、残りの距離と本来の区間を完走した。これが発端となり、2年後、より“選手ファースト”の規定に変わった。

 11月3日には福岡県で男子の九州実業団毎日駅伝が開催される。運営協力する福岡陸上競技協会の八木雅夫専務理事は「医師を呼んで判断を仰ぐことを徹底する」と対策案を示した。日本マラソンの強化の一端を担ってきた駅伝は変わるのか。注目が集まる。

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最終更新:10/30(火) 18:18
西日本スポーツ

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