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水木一郎、歌い続けて50年…アニソン界の“生きた化石”で幸せ

11/3(土) 16:56配信

夕刊フジ

 【デビュー50周年水木一郎 アニキのオタケビ半生】

 「50年って、あっという間という感じで、いまやアニソン界の“生きた化石”のような存在だけど、正直な話、世界一幸せな歌手だなと。50年間も歌ってきたから、50年前の歌も今、聴いてもらえるわけですよ。本当、マジックのような気がしますね」

 最近では、共演した歌手やタレントから「子供のころ、アニキに抱っこされました」「イベントで一緒にロボコンを歌いました」と言われることが増えたという。

 「元フリッパーズ・ギターの小山田圭吾くんって、お父さんはマヒナスターズの三原さと志さんで、4、5歳のときに会ったことがあるの。後に小山田くんとコラボしたとき、彼に聞くと、彼はその時、僕が絶対に変身すると思っていたそうなんだね」

 「マジンガーZ」や「バロム1」などを聞いて育った世代が大人になった今も、アニソンに魅了されている。1999年にはテレビの企画で1000曲ライブにも挑戦した。

 「アニメソングって、歌謡曲にはない夢が詰まっているから。作曲家の渡辺宙明(ちゅうめい)さんや菊池俊輔さんも子供たちに良い曲を聞かせようと、1分数十秒の世界にすてきなメロディーを詰め込んだんです」

 アニメソングには歌謡曲以上にドラマチックな曲も少なくない。「宇宙海賊キャプテン・ハーロック」の主題歌は生のフルオーケストラをバックに歌い上げている。

 「僕もただスタジオに入って歌うのではなく、ブラウン管の前に座っている子供たちに向かって、ヒーローは強いんだ、大きいんだってことを伝えようと思いながら歌っていました」

 アニメソングを歌い始めたころは、まだ“マンガの歌”“子供の歌”と言われていた。

 「歌はうまいのに、なぜマンガの歌を歌うんだみたいな中傷もありましたよ。アニメブームが去ってイベントの集客がガタッと減ったときは“水木二郎”の名前で司会をやれと言われたこともありました。そのときは本当に悔しかった。でも、それがあるから今がある。あの頃、僕の歌を聴いていた人たちが今度は支えてくれる。だから赤いマフラーを着けても平気。みんなが喜んでくれるから」

 アニキの旅はまだ続く。=おわり(福田哲士)

 ■水木一郎(みずき・いちろう) 歌手、1948年1月7日生まれ、70歳。東京都出身。作曲家、和田香苗氏の門下生となり、68年に「君にささげる僕の歌」でデビュー。71年、「原始少年リュウ」でアニメソングデビューを果たす。76年から3年間、「おかあさんといっしょ」で2代目うたのおにいさんを務めた。

 「アニキ」の愛称で親しまれ、第一線で活躍を続け、持ち歌は1200曲を超える。デビュー曲や未発表曲などを収録した50周年記念アルバム「Just My Life」(日本コロムビア)を10月24日にリリース。

最終更新:11/3(土) 17:05
夕刊フジ

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