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<自衛隊>見えない潜水艦訓練「公表」で見えてきたもの

11/4(日) 8:30配信

毎日新聞

 構造自体が「機密」とされる潜水艦 。海上自衛隊が南シナ海での訓練について異例の公表をしたことについて、防大卒の毎日新聞・滝野隆浩編集委員は驚きました。「ウラには何か大きな意図があるはずだ」。潜水艦乗りである伊藤俊幸元海将を訪ねました。

【写真特集】「くろしお」など海上自衛隊の潜水艦

 そのニュースを最初にテレビで見かけたとき、思わず「へー」と漏らしてしまった。へーっ、そこまでやるようになったんだな、と。9月17日、海上自衛隊が南シナ海での潜水艦の訓練について公表した案件である。艦の構造自体が「機密」とされ、乗艦取材の際もハッチの厚さから性能がわかってしまうなどとして写真撮影が厳しく制限される。そんな潜水艦の行動について、訓練とはいえ「公表」することはふつうならありえないと感じた。だから、この公表のウラには何か大きな意図があるはずだ、と。

 翌日になって、この案件はその日の朝刊1面で朝日新聞が報じた「特ダネ」だと知った。だとしたら、「へー」というより「ほぉー」である。本当は知らせたくない事実を新聞に書かれたなら、自衛隊という組織は「公表」はしない。私は防衛記者の経験があるから体感的に分かる。他社の記者たちから事実確認を迫られ、広報担当者が上層部の了解を取ったのち、しぶしぶ認めるものだ。そういうのは、「公表」にはならない。つまり、朝日の記事が掲載されることを見越したうえで、海自はむしろ積極的に、広報したのかもしれない。だから、「ほぉー」なのである。

 ここは専門家に話を聞かなければと思った。「潜水艦」「広報」がテーマとなれば、海自の潜水艦乗りで米海軍との訓練を何度も経験し、海幕広報室長を務め、それから在米国防衛駐在官の経験があって米海軍との人脈も太い伊藤俊幸・元呉総監であろう。いまは金沢工業大学虎ノ門大学院教授である。伊藤元海将に90分、私は「へー」「ほぉー」の感想をぶつけてみた。それはなかなか興味深いインタビューになった。

 さて、その前に、まず、今回の事案のおさらいをしてみたい。海自呉基地(広島県呉市)所属の潜水艦「くろしお」と、ヘリコプター搭載型の護衛艦「かが」など3隻は8月下旬、別々に出港した。「くろしお」は台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通過して南シナ海へ。護衛艦は「平成30年度インド太平洋方面派遣訓練」として南シナ海やインド洋で2カ月間にわたる長期派遣の訓練を行っていた。海自によると、別々の訓練を実施していた潜水艦と護衛艦は9月13日、南シナ海の公海海域に集結。護衛艦側はヘリを飛ばして潜水艦の探索訓練を、潜水艦側は探知網をかわして護衛艦に接近する実戦的な訓練をした。「くろしお」はその後、3隻と別れ、ベトナムのカムラン国際港に寄港し、親善行事に参加したという。

 南シナ海は、貿易立国の日本にとっては死活的に重要な海上交通ルートで、1980年代から「シーレーン防衛」として議論されてきた。ところが中国は近年、ベトナムやフィリピンが反発する中、この南シナ海に次々と軍事拠点の建設を強行してきた。ここは自分たちの支配下である、といわんばかりに。これに対して、アメリカは「航行の自由作戦」として中国が独自に設定し、「領海」と主張する人工島の12カイリ(約22キロ)内を海軍のイージス艦などを遊弋(ゆうよく)させ、航空機も飛ばして中国をけん制している。

 今回、海自潜水艦の訓練は、中国が自国の権利が及ぶと主張して南シナ海のほぼ全域を囲い込む形で引いた「九段線」の内側の公海上で実施された。米軍の「航行の自由作戦」と連携する形であるものの、公海上ということで、中国側にも一定の配慮を示したようだ。この訓練に関して、中国外務省の耿爽(こう・そう)副報道局長は17日の会見で「域外国は慎重に行動し、地域の平和と安定を損なうことをしないよう促す」と述べるにとどまった。

     ×    ×

 さて、伊藤元海将である。

 --今回の訓練公表をどう受け止めますか。

伊藤 みごとな「積極的広報」だったと言っていいでしょうね。「戦略的な情報発信」でした。5年前に「国家安全保障戦略」を制定したのが大きかったと思います。「国家安全保障を支える国内基盤の強化と内外における理解促進」という項目の中に「官邸を司令塔として、政府一体となった統一的かつ戦略的な情報発信を行うこと」と明記されています。この趣旨で行われたのだと。

 --つまり、官邸主導だった、と。



伊藤 そんなことは、私にはわかりません(笑い)。ただ、ものすごく練られた作戦だった感じがします。日中平和友好条約40周年で、日中首脳会談の日程が決まったすぐあとというタイミングです。しかも、潜水艦だけではなく、(自民党内で空母化が議論されている護衛艦「いずも」と同型の)「かが」(全長248メートル、基準排水量1万9500トン)を2カ月も各国の港に入りながら南シナ海で長期訓練させています。まさに「空母オペレーション」です。以前の防衛省だったら、内局(内部部局、「背広組」)から「日中友好のときに、海上自衛隊は何を考えているんだ!」と怒鳴られたはず。

 ところが、今回はさらに潜水艦も参加して訓練をした。公海上で。この海域の平和と安定に日本は寄与する、という強いメッセージです。そしてそれを、タイミングを見計らって公表したのです。中国側の反応はどうだったか。いちおう不快感は示したものの、猛反発ではなかった。以前なら、防衛省内でいろいろそんたくして何もしなかったのが、今回は訓練をして公表して、では日中関係は悪化したのか。そうじゃありません、効果としては逆に良くなったと私は思います。

 --潜水艦の行動は、ふつうは隠密ですよね。

伊藤 そりゃあそうです。私も現役時代、訓練に出たら家族にすら、いつ帰るか、言えませんでしたから。

 --ただ、テレビの報道番組で、小野寺五典・前防衛大臣(訓練当時の大臣)は「以前から公表しています」と明言していました。

伊藤 それは、訓練全体の話として、でしょう。遠洋航海のときとか。大臣としては、テレビ番組で正式に聞かれればそう言う以外ない。通常、潜水艦の訓練を公表することはありません。だから、あえてあそこで公表したのは、練りに練った広報戦略だと思います。新聞に出ることまでわかっていて、それをトリガー(きっかけ)にして公表する、そういうことまで考えていたのかもしれません。わかりませんけど。



 --ただ、それって、「制服の独走」になる恐れはないですか。

伊藤 もし現場の自衛官が勝手にやって、それが政治の意思と違った方向であったのなら、そういう批判が出るのかもしれません。しかし今回は「自由で開かれたインド太平洋に」という日本という国の意思を示すためのものだった。政府の方針どおりです。だから、私は国家安全保障戦略の制定が大きいと言ったのです。

 --護衛艦に加えて潜水艦までも、南シナ海に出ていくことを危惧する声もあります。

伊藤 軍事といえば、日本ではすぐ「戦争だ。戦争につながる」という人もいるけれど、戦後70年以上たって世界では、「軍事はメッセージにつかうためのもの」だという考えが定着しています。とくに平時は。それこそ、トランプ米大統領が米朝交渉の際に言ったように、「私のテーブルにはあらゆるものが載っている」ということです。軍事は、その「あらゆるもの」のひとつなのです。アメリカだけじゃなくて、中国もロシアもあらゆるものを使っている。軍事以外にも、政治、経済、情報、文化まで使う。人権問題まで持ち出して外交に使います。日本はしかし、軍事という道具をずっと使わなかったし、使えなかった。憲法の制限があって。それがここにきてやっと、こういう形で発信できるようになった。だから、私は今回、日本はやっと「大人に近づいた」と思っています。

 日中友好の機運は高まり、首脳会議が行われることが決まった。ただ、同時に、そういうタイミングであっても、言わなくてはならないことは明確にしておく。その意味の戦略的な情報発信、戦略的広報が必要なのです。

 --それは、自衛隊が変わったのですか、それとも日本の政治が変わったのですか。

伊藤 戦後、米海軍とともに、海自は対潜能力を磨いてきた。潜水艦の能力も高いが、やはり対潜能力でしょう。あとは、弾道ミサイル防衛(BMD)能力。この二つを米軍と同じレベルでやれるのは、日本の自衛隊だけ。そのことは世界中の軍事関係者が知っていることです。だから、米海軍は海自をとても大事にしてくれて、たとえば「マリタイム・セルフ・ディフェンス・フォース」ではなくて、「カイジョージエイターイ」と日本語の発音のまま呼んでくれるのです。そうした日米同盟関係に支えられた自衛隊の能力というものを、政治が明確に使い始めた、ということなのでしょうね。

    ×   ×

  伊藤元海将は明言はしないが、それなりの情報源から、今回の潜水艦訓練の公表が「官邸主導」だったことを確信しているのであろう。そして、キーワードは「軍事はメッセージにつかうためのもの」だ。いまの時代、少なくとも大国間でのホットな戦争が起こる可能性は極めて低い。だから、装備を買いそろえ、その装備を使って訓練して運用できる状態であることを「見せる」ことが重要なのだろう。それが、伊藤元海将のいう「メッセージにつかう」ということなのだ。

 私は山崎豊子の遺作「約束の海」を思い出す。国や巨大組織に翻弄(ほんろう)されながらも尊厳を持ち強く生きる人間に光を当てた小説を書いてきた。もちろん戦争の悲惨さも。その国民的人気作家が、最後の作品のテーマに自衛隊を選んだ。偶然だが、遺作の主人公も海自幹部・潜水艦乗りである。残念ながら、作品は未完のまま終了するのだが、2013年7月、亡くなる2カ月前に書かれたという「執筆にあたって」という短い文章の中にこうある。

<戦争は絶対に反対ですが、だからといって、守るだけの力も持ってはいけない、という考えには同調できません。/いろいろ勉強していくうちに、「戦争をしないための軍隊」、という存在を追究してみたくなりました>

 「戦争をしないための軍隊」。これこそが、伊藤元海将のいう「メッセージにつかう」ということにつながっていく、と私は思う。戦争をしない、させない、そのために適時適切なメッセージを発信する。自衛隊の能力を理解し、それをひとつのアイテムとして有効に外交交渉に使う。その度量が、これからの政治に問われているのだと考える。

最終更新:11/4(日) 8:30
毎日新聞

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