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リオ代表・村山紘太、消防車に「びっくり」も区間賞 五輪後の低迷乗り越えた

11/4(日) 13:47配信

西日本スポーツ

 ◆第55回九州実業団毎日駅伝(3日・北九州市本城陸上競技場発着=7区間80.5キロ)

【写真】93年の九州一周駅伝4日目、リタイアし道路に座り込み次走者に交代する宮崎・森下広一

 旭化成Aが3時間52分57秒で3年ぶり44度目の優勝を果たした。3選手が区間賞を獲得。3連覇が懸かる来年元日の全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)に弾みをつけた。4区(9.5キロ)を走ったリオデジャネイロ五輪男子1万メートル代表の村山紘太(25)は区間賞の走りで独走態勢を築き、五輪後に陥った不振からの復調をアピールした。

 45秒の貯金をもらった旭化成Aの4区、村山紘にはリードを1分まで広げる使命が課されていた。2位集団につけていた三菱日立パワーシステムズ(MHPS)が、5区にアジア大会男子マラソン金メダルの井上大仁を配していたのが理由。村山紘は自らこのノルマを引き上げた。

 「より多くのタイム差で(5区を走る双子の兄の)謙太にたすきを渡したかった」。1キロ平均2分55秒のペースを保ち、2位九電工との差を1分20秒、MHPSとは1分35秒まで拡大。西政幸監督は「練習通りの力を出してくれた」と目を細めた。

 レース中には消防車がサイレンを鳴らしながら真横を通り過ぎる“アクシデント”も発生。「初めて(の経験)で、びっくりしました」と苦笑いを浮かべながらも「気を使っても何にもならない。集中した」と平均ペースは乱れなかった。それほど今回のレースに懸ける思いが強かったのは、リオ五輪の“戦友”たちの活躍に刺激を受けたからだ。

 2015年に1万メートルの日本新を樹立。翌年のリオデジャネイロ五輪で1万メートルと5000メートルに出場したが、五輪後は貧血に悩まされるなどして低迷した。一方で同じリオ五輪1万メートル代表の設楽悠太(ホンダ)と大迫傑(ナイキ)はマラソンで日本記録を相次いで更新。「すごく悔しい思いをした」と振り返る。

 設楽悠から「マラソンに転向して一緒に走ろうか」と誘われたこともあるが「僕はトラックで東京五輪に出たい」と自らの気持ちを再確認。一方でスピード強化に専念しすぎた練習を見直し、7月のオーストラリア合宿で福岡国際を走る佐々木らマラソン組に交じって体力を強化。復調のきっかけとなった。

 チームが2連覇した元日のニューイヤー駅伝では補欠だった。「ロードでは僕よりも力がある選手はたくさんいる。その中で一緒に練習してメンバーに入れば、僕の力にもなる」。チーム内の厳しい競争で輝きを取り戻したとき、ニューイヤー駅伝での旭化成3連覇も見えてくる。

■九電工2位、新エース大塚が力走

 九電工がアンカー大塚の力走で2位に入った。MHPSと4秒差の3番手で中継所を出ると冷静に追い上げ、逆に26秒差をつけて区間賞。「良い位置でたすきをもらったおかげ」と仲間への感謝を忘れなかった。8月の北海道マラソンで、東京五輪マラソン代表選考会「グランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を獲得。元日に引退した前田和浩氏からエースの座を継いだ24歳は「駅伝で戦えれば、もう一段階、力を引き上げられる」とニューイヤー駅伝での好走も誓った。

最終更新:11/4(日) 14:47
西日本スポーツ

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