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川口能活「命懸けでゴール守った」プロ25年終止符

11/5(月) 4:56配信

日刊スポーツ

サッカー元日本代表のGK川口能活(43)が4日、今季限りでの現役引退を所属のJ3相模原を通じて発表した。

【写真】川口能活、ピッチでは熱く素顔は天然の兄貴的存在

14日に会見し、12月2日のホーム最終戦(対鹿児島ユナイテッド)の試合後、引退セレモニーを行う。96年アトランタ五輪ではブラジルを撃破した「マイアミの奇跡」の立役者となり、W杯は98年のフランス大会から4大会連続出場。国際Aマッチ116試合で日本のゴールを守った守護神が、プロ25年の歴史に終止符を打つ。

日本代表として輝かしい歴史を刻んできた川口が、今季限りでユニホームを脱ぐ。この日、相模原のホームページで「今シーズンで引退することを決めました。とにかく今は感謝の気持ちしかありません。僕がプレーした各クラブに携わる全ての方々、応援してくれるサポーター、両親、家族、サッカー人生で出会い力をいただいたすべての人達、そして一緒にプレーした先輩方、仲間達に感謝の気持ちを伝えたいと思います」とコメントを発表した。

94年に横浜Mでプロ生活をスタートさせ、95年に元日本代表GK松永成立から定位置を奪い主力に定着した。身長180センチでGKとしては小柄だが、果敢な飛びだしと俊敏性で日本代表に上り詰め、アトランタ五輪のブラジル戦では28本のシュートを浴びながら完封。マイアミの奇跡を起こした。日本が初めて出場したW杯フランス大会では正GKとしてピッチに立った。01年にはイングランド2部のポーツマスに移籍し、日本人GKとして初めて欧州でプレー。次々と歴史をつくった。

04年のアジア杯準々決勝のヨルダン戦では、神懸かり的なプレーを見せた。PK戦で、決められたら敗退というキックを2本も止め、劇的な大会制覇へとつなげた。

2度の大きなけがも乗り越えた。09年9月、相手との接触で右足脛骨(けいこつ)骨折で長期離脱。12年には右足アキレス腱を断裂した。けがの後でも積極的なプレーは不変。「自分のプレースタイルだし、逃げたら一手失う。命懸けでゴールを守ってます」とし、過去に脳振とうを7回ほど経験したことを明かしたこともあった。

W杯は4大会連続で出場を果たした。川口が38歳となった13年、磐田在籍最後の年に「自分の中でW杯で勝利する瞬間をまだ、ピッチ上で経験していない。それが今、自分が現役を続けている原動力かな」と口にしたことがある。13年で磐田との契約を終え、現役続行を掲げJ2の岐阜に移籍。施設面で過酷な環境になることを覚悟の上で「逆に、施設が整っているクラブには負けないというハングリー精神も芽生えてくる」とプロの姿を示した。

J3相模原では、自らキャリケースを引き電車に乗って練習場に通う。車を運転するより、気疲れが少ないからだそうだ。今季は開幕直後に4試合先発出場したが、その後はベンチの時間が長かった。子供のころから憧れ続けたGKは42歳まで現役を続けた元西ドイツ代表のハラルト・シューマッハ。川口は、あこがれのヒーローより1年長く現役を続け、ユニホームを脱ぐ。

最終更新:11/5(月) 5:22
日刊スポーツ

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