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明治150年か、戊辰150年か―奈倉 哲三,保谷 徹,箱石 大『戊辰戦争の新視点』加藤 陽子による書評

11/8(木) 6:00配信

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◆明治150年か、戊辰150年か

今年2018年がどのような年として記憶されるのかは、人それぞれに違ってこよう。ただ、百年単位で歴史の画期を捉える「周年」の考え方をとれば候補は限られてきそうだ。例えば、今年が第一次大戦終結から百年だと意識される時、そこには、大戦を今の地点で回顧したらどうなるかという関心が内包されているように思う。欧州の国際秩序を一変させ、長きにわたった総力戦は、なぜ始まってしまったのか。これは百年にふさわしい問いだろう。

現在では概(おおむ)ね次のように説明される。まず、経済の緊密な国際分業が、欧州各国の民衆を「繁栄の中の苦難」に陥れた。ならばとて、民衆の不満は、自国の財政出動と政治変革要求ヘと向かう。だが、財政と体制二つながらの変革を恐怖した各国為政者は、自国の内政の苦難の理由を、外国の政策の悪意に帰し、民衆の不満を排外へと誘導した。経済のグローバル化・新自由主義が蔓延(まんえん)する現在、周年での回顧には意味がある。

この2018年を「明治150年」と位置づけ、「明治の精神に学び、日本の強みを再認識」しようと呼びかけるのは日本の内閣だ。たしかに今年は、1868年の鳥羽・伏見の戦いから、翌年の箱館戦争まで1年半にわたる内戦、戊辰(ぼしん)戦争150年にあたる。ただ、明治150年か戊辰150年かで、回顧する側の立場性が浮き彫りになりそうだ。戊辰を選択する場合、そこには、旧幕府軍側と新政府軍側の二つを対等に置く立場性が内包される。

事実、旧幕府側の奥羽越列藩同盟の中心・会津藩ゆかりの会津若松市では、明治150年ではなく戊辰150年として記念事業が祝われている。このような動きを横目に眺めつつ、18人の論客が戊辰戦争を明解に論ずる本書を読むのは痛快だ。

本書は、当時の社会と地域に生きる人々に、内戦が刻印した深い影響を、国際関係・政治・軍隊・民衆の観点から光を当てる。執筆者の多くが、東京大学史料編纂(へんさん)所、毛利家文庫、三井文庫等所蔵の貴重な一次史料を縦横に用い、確かな歴史像を描いているのは心強い。巻末の関連年表についても、和暦と西暦で年月日を併記した上で、事項を確定する典拠を挙げており、本書は維新期を学ぶ際の必携文献となってゆくだろう。

内容を見ていく。まず、内戦が列強注視の下に戦われた緊迫感がよくわかる。旧幕側に立った会津・庄内両藩は、日本駐在北ドイツ連邦の外交官に、軍備・借款供与と引き替えに、蝦夷地(えぞち)99カ年租借の提案まで試みていた。一方の薩摩藩は、1867年のパリ万博に、「琉球公国」と称し、幕府とは別の独立国の体裁で出展してもいた。

テレビでお馴染(なじ)みの志士たちの物語は魅力的だが、150年にもなれば食傷も生ずる。その間隙(かんげき)を埋めてくれるのが、内戦を戦う資金調達のため、幕府側にも新政府側にも為替を組んだ三井の神対応だろう。史料が改竄(かいざん)され、時に消える昨今の日本にあって、貸金を厳密に記録し続けた三井はさすがだ。1868年とその翌年だけで千点を超える帳簿類などがあるという。

18人の論考はどれも面白いが、一人だけ名を挙げて、その水際だった面白さを称(たた)えたい。奈倉哲三氏は、錦絵の分析から当該期の人々の感情を見せてくれた。朝廷に露ほどの親しみも感じていなかった江戸の民衆は、新政府の行いを諧謔(かいぎゃく)溢(あふ)れる判じ物の錦絵でからかっていた。徳川家の恩沢に長らく浴してきた江戸の町名主らは、徳川家や輪王寺宮をかばい、全員加判の歎願(たんがん)書まで新政府に出していた。戊辰戦争は志士たちの専有物などではなかったのだ。

[書き手] 加藤陽子(かとう・ようこ)
1960年、埼玉県大宮市生まれ。山梨大学助教授を経て、現在は東京大学大学院教授。専攻は日本近現代史。著書に『模索する一九三〇年代』(山川出版社)、『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)、『戦争の日本近現代史』(講談社現代新書)、『戦争の論理』(勁草書房)、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社/第9回小林秀雄賞受賞)、『戦争まで』(朝日出版社/第7回紀伊國屋じんぶん大賞受賞)など。

毎日新聞 2018年6月24日掲載

吉川弘文館

最終更新:11/8(木) 6:00
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