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引退を表明した川口能活。波乱万丈の経験を若い世代のGKに伝えてほしい

11/8(木) 18:26配信

J SPORTS

GKの川口能活(SC相模原)が引退を表明したという。

僕は、川口を特別に取材したことはないが、彼のプレーは高校生時代からずっと見てきただけに感慨は大きい。日本のサッカー史の中で一つの時代を作った名プレーヤー。“特別な選手”の一人と言っていいだろう。

僕が初めて川口能活というGKを見たのは彼が高校生の時だった。川口は清水商業高校(現清水桜が丘高校)で1年生の時からレギュラーの座をつかんでいた。Jリーグ発足前の日本では「高校サッカー」の地位は現在と比べてはるかに大きなものだった。代表入りする選手のほとんどは「高校サッカー」出身であり、トップリーグである「日本サッカーリーグ(JSL)」の試合には閑古鳥が飛んでいたが、毎年正月に国立競技場で行われる「選手権(=全国高等学校選手権大会)」の決勝には満員の観衆が詰めかけた。

そして、高校サッカーの中でも静岡県勢は特別な位置を占めていた。静岡勢は毎年のように「選手権」の決勝にコマを進めており、静岡県大会は全国大会優勝より難しいと言われていた。その、静岡勢の中でもトップのチームで1年生からレギュラーの地位を約束された選手というのは、まさにスター中のスターなのだ。たとえば清水東高校で「三羽烏」と唄われた大榎克己、長谷川健太、堀池巧の3人がそうであったように、川口はいわば「生まれながらのスター」だったのだ。

「選手権」のある試合で、川口がゴール前に立ったまま、チームメートにシューズのほどけたヒモを結びなおさせている情景を見て、「ああ、彼は本当のスターなのだなあ」と感心したのを思い出す。

そして、高校を卒業してからも川口能活は常にスポットライトの当たる道を歩くことになった。

川口が高校3年生となった1993年に日本初のプロサッカーリーグ、Jリーグが開幕した。そのタイミングの偶然一つを取ってみても、彼が選ばれた存在であるのは間違いない。そして、そのJリーグの強豪チームの一つである横浜マリノスに、川口は入団する。

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最終更新:11/8(木) 18:26
J SPORTS

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