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昭和ノスタルジーだけではない。大映通り商店街で“いまどき”な和菓子が生まれた理由

11/9(金) 6:31配信

食べログマガジン

〈和菓子と巡る、京都さんぽ〉

四季折々の顔を見せる名所を訪れたり、その季節ならではの和菓子を食べて職人さんたちの声を聞いてみたり……。ガイドブックでは知り得ない京都に出会う旅にでかけてみませんか。

あなたの知らない京都について、京都在住の和菓子ライフデザイナー、小倉夢桜さんに案内していただきましょう。

昭和ノスタルジーに浸る、大映通り商店街さんぽ。

1200年の歴史を育んできた伝統の街、京都。 その京都は伝統を守るだけでなく、新しいものを積極的に取り入れていく街でもあります。

その証として、京都には“日本初”として誕生したものが数多くあります。小学校、事業用水力発電、映画上映(諸説あり)などなど。

そして路面電車もその一つです。 1895年2月1日に京都市内を路面電車が走り出して以来、瞬く間に広がり京都市民の足として欠かすことができない交通手段となりました。

しかし、時代の流れに逆らうことはできず、1978年に全線廃止となり、市バスへと引き継がれました。

現在では、京福電気鉄道(通称:嵐電)の一部が路面を走り、路面電車が活躍していた昔の風景を今に残してくれています。 太秦広隆寺(うずまさこうりゅうじ)前をガタンゴトンと音を立てて走り抜けていく一両編成の電車(繁忙期や通勤時間帯は二両編成となります)。

この風景が最も絵になるのではないでしょうか。 嵐電・太秦広隆寺駅から帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅までの一帯は、昭和のノスタルジックな雰囲気が色濃く残るエリアです。

東映京都撮影所、松竹京都撮影所、大映京都撮影所(1986年閉鎖)があり、映画の街として栄えてきました。 特に昭和の日本映画の黄金時代を支えてきた大映京都撮影所は、この地域に多大な影響を与え、閉鎖した今もその名が大映通り商店街として残っています。

その昔は、撮影の合間に映画スターが衣装のままで通りを歩いていたというエピソードも。大映通り商店街の中間あたりには、映画関係者とも縁のある三吉稲荷(さんきちいなり)神社があります。

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