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【ハイ檀です!】(155)サツマ芋

11/11(日) 7:55配信

産経新聞

 今年の畑の中で、想像以上に出来がよかったのが、サツマ芋。毎年、決まったように安納芋と、紅はるかの2種類を植えている。どちらも、ネットリ系で糖度が高いのが特徴。安納芋がネットリとしていてかなり甘いことは、毎年種子島の友人が送って下さるので知っていた。

 サツマ芋は、8年続けて栽培をしている。理由は明快、土さえ耕して置けば、肥料もやらなくてよいし、連作しても病気になり難いと聞いたからだ。つまり、僕のような怠け者にピッタリの作物だからだ。ところが、我が畑の芋娘たちは、思うように育ってくれないのが最大の悩み。そこで学習をしてみると、苗を植えてから数回は蔓(つる)返しを行うことが必要だと、判明。生命力の強い芋の苗はあっという間に蔓を伸ばし、畑以外の場所へ移動する。これを放置すると、辺り構わず根を張り栄養分を吸収する、これを防ぐのが蔓返し。

 こんなことで、芋の成長を妨げるなんて…。そこで、伸びた蔓を引きずり戻して、長く伸びたものは容赦なく切ってしまう荒療治を実施。確かに、蔓を返してやると、芋の付きがよくなるというか、悲しいくらいの細い芋達が、施術後の収穫はようやく芋らしい姿に。更に、肥料は全く要らないと聞いていたが、ある程度は必要なことも判明。

 そうした教えを踏まえ、芋の収穫が終わった時点で畑を耕運機で撹拌(かくはん)。腐葉土のような天然の堆肥を土の中に混ぜ入れた翌年、芋の苗を植える1カ月前の畝立て時に、馬糞(ばふん)堆肥を少しだけ施してみた。と、どうだろう、今年の芋の出来栄えは上々であった。また苗を植える際、60度くらいの角度だろうか、竹の棒で畑に穴を穿(うが)ち、苗を刺し入れて押しをした。この角度を浅くして、船の底に添わせるように横向きに植えると、芋はそれほど大きくならずに数が増えるのだとか。では試しにと、実際に行ってみたら、その通りの結果が出たのには驚いた。縦に深く植えた蔓には1個が800グラムくらいの巨大な芋が育ち、横にすると明らかに数が多い。結果、あまり大きくても食べ難いので、来年はもう少し寝かせた角度にして数を増やす計画。

 肝心の味はと申すと、多分土の性質と合わせて日照りが続いた影響だろう、糖度は高いもののホクホクとした安納芋になった。世間一般では、安納芋と言えばネットリとしていて甘く、スプーンで掬(すく)って食べるような柔らかさ。しかし、僕はこのネットリ感が苦手で、送って下さった種子島の友人に、「ホクホクの安納芋はないの」と聞いて失笑をかった覚えがある。なので、僕にしてみればホクホク感が強くて甘い安納芋は、5重丸くらいの出来栄えであったと同時に、紅はるかも同様で、大好きな鳴門金時に似た味わいだ。

 このサツマ芋、日本での歴史は案外浅い。元々の原産地はメキシコ辺りで、コロンブスのアメリカ大陸発見後に瞬く間にヨーロッパに伝播し、100年後には現在のフィリピン辺りまで広がり、これが中国大陸にも渡った。丁度その頃、宮古島の役人が那覇の首里城に出かけ、宮古に帰る船が中国へ流れてしまった。この時にサツマ芋の苗を入手、後に宮古島へ定植。当時は、唐から来たのでカラ芋と呼ばれていたらしい。これが、数年後に琉球へ渡り、後に鹿児島つまり薩摩へ。薩摩藩ではカラ芋と呼んだりリュウキュウ芋と呼び、食卓を潤す素晴らしい食材となった。

 リュウキュウ芋の評判を聞き及んだ8代将軍吉宗公が、蘭学者であった青木昆陽を呼び、飢饉(ききん)の備えに芋の栽培を命じたようである。これが、関東地方に広まり、薩摩から来た芋ということでサツマ芋と呼ばれるようになった。僕は、青木昆陽がサツマ芋を日本に導入したとばかり思い込んでいた。が、吉宗公の鶴の一声があったればこそ、鹿児島から全国に広まり、多くの人々を飢えから守ったという泣ける物語が存在する。

 サツマ芋はヒルガオ科の植物で、朝顔も同じ仲間。だから、滅多には咲かないがサツマ芋の花は、朝顔によく似ている。原産地のメキシコ辺りでは、スペイン語でバタタ・ドゥルセと呼んでいたが、マヤ語でサツマ芋はなんと呼んでいたのであろうか。ま、呼び方はどうでもよろしい。おいしくて、沢山出来ることが、人類や動物をもハッピーにするのだ。今年は、運良くイノシシに食べられずに済んだ。そこで、我が夫婦は焼き芋。ガス台に乗せるだけで、芋が焼ける素晴らしい道具にも、感謝。

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【プロフィル】だん・たろう

 1943年、作家・檀一雄氏の長男として東京に生まれる。CFプロデューサー、エッセイストとして活躍し、「新・檀流クッキング」などの著書多数。妹は女優の檀ふみさん。

最終更新:11/11(日) 7:55
産経新聞

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